【ARYA:ひとりごと】
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2002.01.11
『地獄の黙示録』
僕にとって、偉大な映画として別格の思い入れがある「地獄の黙示録」。
53分もの映像が加えられた「特別完全版」の公開は本当に待ち望んでいました。
映像の持つ圧倒的なパワーと狂気、そして虚無感。
ここに描かれたベトナム戦争が、どこまでリアルなのか自分には分かりません。だけど、ミニチュアやましてやデジタル処理じゃない、本物の戦闘ヘリの存在感とナパーム弾で焼かれる森林の迫力は、衝撃だったし恐かった。ストーリーを運ぶための画面ではなく、「安全でない場所」をカメラで切り取ったという緊迫感がありました。
得体の知れない力に支配されパーツと化した人間と、ひたすら内なる世界に入り込んでいく個人。その2つの世界を象徴するように使われるワーグナーの「ワルキューレ」とドアーズの「ジ・エンド」が耳から離れません。クライマックスに戦闘シーンがなく、どんどん人間の内面に入り込んでいく展開によって、この作品にはどこか神話的なものを感じます。
公開当時、観客の理解度や上映時間の長さからカットせざるを得なかった映像とエピソードが、納まるべきところに納まり、「特別完全版」は「この作品ってこんなに分かりやすかったっけ」という映画としての自然さを取り戻しました。
前評判で話題となった、22年経って本編に復活したフランス植民農園のエピソードは、メインディッシュ前の<お口直し>的意味で必要だと思いました。が、亡霊に出会ったかのようなインサートのされ方は、ここだけ観客の理解度レベルを高く要求すると思うし、もう少しタイトに切ってもよかったと思う部分でした。
エピソード単位で加えられた部分だけでなく、オリジナル版のLDを改めて観てみると、細かい部分でカットを加え、状況の中における個人にフォーカスインするよう編集し直されているのが分かります。戦闘下でサーフィンを強要するキルゴア中佐のパートとか、巡視艇上のパートとか。それが、実際の戦争から時間経過としての距離でもあるんでしょうね。
今回「分かりやすくなった」と感じたのは、日本語字幕そのままの言葉を使うと「人間の欺瞞」というテーマが明確になっていたからだと思います。画面に映される狂気そのものを描きたかったのではなく、欺瞞が人を狂わせたことを描きたかったのか…。
暗闇の中でブランド演じるカーツの語る「言葉」は、<欺瞞>という言葉を空欄にした、軍人と戦争、個人と世界との関係論だったのかも。
僕はこれまで、混乱の中で正気を保つことの困難さを描いていたのだと思っていました。もっと複雑なレイヤーに分かれた作品だったのだと、この年になって初めて分かる部分もありました。
この「特別完全版」のエンディングは、いくつか存在したエンディングの中で70mmプリント版と同じ寺院の爆破シーンのないものでした。爆破で落とし前をつけるという終わり方ではないんです。ビデオやLDに収録されているのは、爆破シーンを背景にクレジットがかぶさる35mmシネスコ版だったから、もし「特別完全版」ができなかったら、僕らは誤解したままこの作品を崇拝していたことになりますね。
観るというより体験するという鑑賞法がこの作品の正しい見方。ビデオやDVDでなく、是非音響設備のいい劇場でご覧下さい。僕が観た日比谷スカラ座1は、最高の環境でした。
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