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ママ
1999 ロシア100min. Cinemascope Dolby-Stereo
1999-10-31 東京国際映画祭・コンペティション(渋谷ジョイシネマ)

15年前の旧ソ連。母親に率いられた兄弟6人のキューバー・ジャズバンドが人気を博していた。しかし彼らはハイジャックを企て失敗し、その後それぞれの人生を歩んでいた。ハイジャックの首謀者として服役していた母親が出所してきて、再び家族を集めようとするのだが…。


Story

穏やかな田舎の駅に、女達がめかしこみ花束を持って集まっている。従軍していた男達が汽車に乗ってやってくるのだ。
ベンチに一人座り古くなった木の黒い汚れで眉をひく女が、おもむろにアコーディオンを弾き出した。汽車の上でアコーディオンを弾いていた男が反応して、女と目を合わせて合奏をしはじめた。彼女の夫だ。彼女の意志の強い眼差しに、夫は汽車を降り駆け寄ってきた。

時が経ち、老いて白髪になった女が、精神病院に息子の退院を迫りにやってきた。姿を現した車椅子に乗った息子は、物事の判断ができない様子。その姿をみて泣き崩れた女は、施設を後にして一人アパートに戻り、自分の息子たちに連絡をとりはじめた。長く放置されたままホコリを被ったアパートの壁に貼られたバンドのポスターに、かつてのステージを思い出しながら…。

息子たちは音楽から離れ、別々の生活を送っていた。
給料も払ってもらえない炭坑で働く者、国境近くで軍人をしている者、怪しげなクラブでヤクと女で商売している者、そしてシベリアの辺境地で男のいない村の女たちに種付けしている者。
彼らは、母親からの連絡を受けて、ふたたび集まることになった。

各自心の葛藤はあったのだが、結局は強い母親に従うしかないとアパートに集まった息子たち。まるで子供の時からそうであったように、喧嘩をしたりトイレの順番を争ったり。ひととき家族の団らんが再現される。
そして彼らは保険省の書類を持ち、黒いスーツに身を包んで、精神病院にいる長男を見受けに行った。だが、良心的とは決していえない職員の企てで、ボコボコになって追い返されてしまう。どうすれば長男を救い出せるのか…。

過去の出来事が思い出される。貧しい村の生活で、彼らの父親は駅に停車中の貨物列車から石炭をくすねていた。彼らの苦しい生活事情を知っていたので、列車の職員はいつも見逃してくれていたのだった。しかしその事情を知らない別の職員が乗り込んだ列車から石炭を運び出そうとした時、盗人として狙撃され投獄されてしまった。
母親は家を売った金で夫の釈放を求めたが、金を受け取った直後警備員が夫を射殺し、取引にやってきた長男にも発砲したのだった。長男は背骨を負傷し、一生車椅子の生活となった。なにもかも失った家族は、絶望状態でモスクワ駅にたどり着いた。 その時、空腹から芸をしてソーセージをもらった息子がきっかけとなって、「陽気な家族」というバンドを結成することになった。

バンドは一時人気を得たが落ち目となり、母親は「ここじゃダメなんだ」と思いに取り憑かれ、巡業で乗った飛行機をハイジャックしてアメリカに渡ろうとした。
しかし、燃料補給で立ち寄った飛行場で狙撃部隊の突入を受け、爆発に巻き込まれ彼らは倒れこみ息子の1人は射殺され、計画は失敗に終わった。

長男の救出に一度は失敗した彼らだったが、下水道から精神病棟に忍び込む方法を使い、救出を成功させた。そして彼らは汽車に乗り込み、故郷の田舎を目指した。
陽気にさわぐ兄弟の中、救出された長男だけは口をきかずに思い詰めているようだった。母親と2人きりになった時、長男は精神病患者を装っていた間中心の内にしまっていた気持ちをうち明けた。

故郷の駅についた時、母親は昔のままのベンチに座り手の平が黒く汚れているのをみた時、一瞬夫の姿がみえた気がして、急に涙ぐんだ。そして息子たちに許しを乞うのだった。彼らの間に沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのは長男のくすくす笑いだった。両手で顔を覆い涙ぐむ彼女の顔が、真っ黒に汚れていたからだ。皆がそれに気づいた時、大爆笑がわき起こった。


Comment

旧ソ連で起きた、兄弟で構成された音楽バンド「7人のシメオン」のハイジャック事件を元に作られたストーリーらしいです。だから、映画の内容自体はフィクションなんですね。
数行の映画紹介文を読んで、面白そうだとチケットをゲットした映画だったんだけど、観たらこれがすごくいい映画でした。

冒頭、駅のベンチでアコーディオンを弾く女と汽車の上で同じ曲をアコーディオンで弾く男の力強い眼差しから、もうこの映画の世界に引き込まれました。すべてはこの女性が中心になって物語が展開します。他の女たちが口紅を直しているのに、彼女だけ眉を引くというアクションに、意志や存在の強さを明確に分からせてくれるんですね。

母親の強さは各国さまざまな形で語られているけれど、この映画では逆境に負けずに生き抜くその手段が、普通の発想じゃないところが面白い。
まず息子たちを集めて兄弟バンドを作るという発想。旧ソ連では落ち目になったから、アメリカに渡るためにハイジャックするという発想。息子を精神病院から救い出すために、アクション・ムービーのような侵入方法をとるという発想。
なんというか、極端なんですよ。
でもそれは、日本に住んでいるから感じることなのかもしれません。旧ソ連の体制が、そうまでしないと現状を変えられないほど凝り固まっていたのかもしれません。 いわゆる体制側の人間、施設の職員や警備員のとる態度がどれだけ酷いものか、いくつものエピソードから伝わってきます。
ストーリーは極端に感じる部分もあるんだけど、役者がいい芝居をしているので妙に説得力がありました。とくに母親役のノンナ・モルヅドゥコヴァの存在感と長男のオレグ・メンシコフの深い感情表現が素晴らしかった。息子たちそれぞれがきちんとキャラクター分けされていたのも、現地では皆有名な男優ばかりを集めた結果なのでしょう。

バラバラになった息子たちのついていた職業が、国境近くの軍人とか、兵境地で毛皮を仕入れる替わりに女達に種付けするとか、日本や見慣れたアメリカ映画では絶対出てこない設定ですよね。
そしてバンド「陽気な家族」が演奏する音楽スタイルも変わっています。カウボーイハットに身を包んで、キューバ風ジャズをしているんです。15年前のロシアでは、こういうジャンルの音楽が流行っていたのでしょうか?映画上映後のティーチインで、監督さんに質問をしてみましたが、望んでいたような答えが返ってこなかったのが残念でした。

家族の絆と再生の物語。数奇な運命を受け入れて生きる息子たちが、運命ではなく母親を受け入れているというのが面白いです。他人に依存しないと生きていけない性格ではないのに、彼らは自分の運命を母親に委ねているんですね。そこまで絶対的な存在の母親。タイトルがストレートに「ママ」というのも納得できました。

ストーリーの元になった事件を起こした「7人のシメオン」というバンドは、事件の前年に来日公演をしていたそうで。さらに同じロシアで作られた「7人のシメオン」のドキュメンタリー映画もあるようです。山形ドキュメンタリー映画祭で上映された情報がこちらでみられます。


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