「イングリッシュ・ペイシェント」の2枚目スター、レイフ・ファインズが制作/主演したロシアの文豪プーシキン原作の悲恋ドラマ。「アルマゲドン」のリブ・タイラーが共演。
【Story】
没落貴族のオネーギン(レイフ・ファインズ)は、伯父の遺産を受け継いで田舎の領主となった。
ペテルスブルグで連日夜会が続くという生活と違い、穏やかな田舎生活は一見退屈そのものだったが、隣人のタチヤーナ(リブ・タイラー)とオリガ姉妹、詩人貴族のウラジミールとそれなりに楽しく過ごしていた。
タチヤーナは、死んだ伯父の蔵書から本を借りていたという聡明な美人。出会いからお互いを意識していたオネーギンとタチヤーナであったが、気持ちを恋文に託してうち明けたのはタチアーナであった。しかしニヒルでアンチヒーロー的性格のオネーギンは、その気持ちに応えることを拒絶してしまう。
オリガとウラジミールは、婚約をしていた。オネーギンの目から見れば、オリガもウラジミールもあか抜けない田舎者。
タチヤーナの誕生日を祝うパーティで、次々とダンスの相手を変えるオリガを尻軽女と言い捨てたオネーギンに対して、ウラジミールは婚約者を侮辱したとして決闘を申し込んだ。この田舎生活で唯一の友人であったウラジミール。単に嫉妬にうち震えていたウラジミールをからかっただけだったのだが、純情で単純な彼にとっては深刻な問題に膨れ上がっていたのだ。
決闘の結果、オネーギンはウラジミールを射殺してしまう。この事件の直後、オネーギンは悲しみを乗り越えるために人々の前から姿を消すのだった。
6年後、オネーギンが再びペテルスベルグの舞踏会に現れた時、一目みて気になった女性は、美しくあか抜けたタチヤーナであった。しかも、彼女はオネーギンのいとこと結婚をしていた。
人が変わったようにナイーブになっていたオネーギン。彼は自らの魂の救済を、タチヤーナに求めていたことに気づくのだった。そして彼は、心の内を恋文にしてタチヤーナに送るのだが…。
【Comment】
貴族社会を描くコスチュームプレイものですが、視点がしっかりとオネーギンとタチヤーナの2人に向いているので、大仰な作り物めいた展開じゃないのがいいです。
2人とも現代的なキャラクターなんですよね。
オネーギンは、物事に冷めていて、他人と距離感を持った付き合い方しかできず、知的でおしゃれな男。いわゆるクールな男ってやつ。
タチヤーナは、聡明で美人で貞節な女。無条件に服従することをよしとしないクールな女。
そんなクールな2人が熱病のような恋に陥った時、意外と自らの気持ちに率直に従おうとします。しかし熱病にかかる時間差がありすぎました。このへんはいかにも文学的。
お互いの気持ちを分かり合っているのに、すでに彼女は人妻でオネーギンの気持ちに応えることを拒絶します。彼女は、そこで夫を裏切るような女ではないのです。はじめにオネーギンがタチアーナを拒絶したようなタカビーな態度でなく、タチアーナは心の内を抑えて隠して、現実がかき消されるのをくい止めるようにオネーギンを断ち切ります。この葛藤と切なさを、リブ・タイラーが本当に美しく演じていました。
その清さに思わず泣けてしまいます。
この映画には、「予感」がストーリーのキーポイントとして描かれています。
冒頭、雪で覆われた真っ白な大地を馬車が駆け抜けていくところ。
決闘事件以後、ペテルスベルグで社交界デビューが決まったタチヤーナが、館の白い廊下をさまよい歩くところ。
なにか運命が変わる兆しを、白い画面の中で登場人物自身が感じているんだよね。その運命を、現実としてどう受け止めていくか、がその後の展開になっていくんです。だから、雪で覆われたペテルスベルグの街中をオネーギンが歩き去っていくのラストシーンにも、悲劇的でない「何か」を感じることができるんですね。
オネーギンが田舎暮らしを穏やかに過ごしていた頃、老女の行う蝋燭占いで、姉妹の結婚のお相手は「軍人」という結果がでます。え?今付き合っているウラジミールとオネーギンじゃないの?それともなにかの戦に巻き込まれて2人は軍人になるの?この先運命の転機が用意されていることがさりげなくストーリーに織り込まれているんです。これも「予感」ですよね。
まぁ、これは僕の個人的な解釈なのですが、原作が詩という形態になっていることを考えると、ベタベタに物語が展開していくよりも、「予感」をのりしろにして展開していくこの映画の作り方は正解だと思ったのでした。
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