LIFE  return
坂本龍一オペラ1999

坂本龍一が挑むオリジナル・オペラ。きっとその音楽は美しく、洗練されたものでしょう。しかし僕がチケットを手にしたいと思ったのは、音楽が目的というよりも、「今」を象徴する「一流」のクリエイターが集結して創る舞台芸術ってどんなものだろう?という興味からです。
衣装は僕の敬愛する山本耀司、CGに「人体」の原田大三郎、映像はダムタイプの高谷史郎、オリジナルテキストは村上龍、インターネット・コンサルティングには日本のインターネットを築いたドン村井純、そしてコンセプトに浅田彰。
これはテレビ朝日開局40周年記念で企画されたイベントですが、スタッフ構成だけをみると、どうみてもNHKです(笑)
20世紀を総括し、未来(もうすぐ先の21世紀)へ託す「共生」による救いを表現する神聖なる130分。
「LIFE」といっても個々の生活ではなく、時空間とガイアにまで視野を広げた生命のパフォーマンス。壮大です。NHK的です。しかし、そういう題材で作品をまとめられるのは、1999年の今であるからこそだし、坂本龍一だからこそなのかもしれません。

元は武道の精神を未来に託すために建てられた、音響空間としては最悪の武道館に踏み入れると、エリック・サティの静かなピアノ曲が流れています。
この時点で僕の興味は、巨額の予算で実現されるミニマム・アートへの期待に変わっていきました。広告やWEBで展開された、恐いまでにシンプルなアートワーク。その限りなく無に近いアートワークが持つベクトルが、すべてこの舞台空間に結集しているのだと思うことで、オペラという名のゴージャスな芸術空間とは全く違うものを受け入れる準備が整ったのでした。
また会場では、「開演後45分間は演出上席の移動はできません。またインターミッション後も開演20分間は席の移動ができません」というかなり強めのインフォメーションがありました。ステキです。それくらい作り手がこだわった時間を味わうのは、期待大です。

ステージ上の巨大なマルチスクリーンに、1902年に制作された映画「月世界旅行」(ジョージ・メリエス監督)が静かに流れ、いよいよ開演。
その後、このマルチスクリーンにさまざまな映像と朗読、インタビューが映し出され、ステージでは同時併行でコンテンポラリー・ダンスのパフォーマンスと、マントに身を包んだ合唱団、民族衣装を身にまとったソリストたちのサウンド・パフォーマンスが展開していきます。
坂本教授も静かにマントをまとって登場し、そのマントを脱ぎ去って指揮と演奏をしています。
静かに深く時間が過ぎていきます。僕らはまるで、巨大なモニュメントを前に情報をインプットされていく儀式に参加しているようでした。そう、「2001年宇宙の旅」で黒い板(モノリス)を前に右往左往している猿人類のように。
はじめは、そこに展開される世界があまりに壮大かつ象徴的すぎるので、自分の意識をその段階までシフトアップしていくことができませんでした。
また、映像とシンクロする音楽は、映画音楽の生演奏のような感じでもあり、心が行き場を探して浮遊していくようでした。
それも、1つの演出効果なのですね。

この重層的な表現手法に慣れてくると、次第に音の深さが増し、まるで荘厳な教会でミサに参加しているような、日常とは少し違う次元の世界にいるような気分になってきました。
スクリーンに登場する人物、言葉、テキスト。オッペンハイマーが無表情に呟く「The Destroyer of World」という言葉が何度も何度もリピートされ、絶滅した種のテキスト・リストが延々とロールアップされ、ベルトリッチ監督の「救いなんかないことが明らかになったことが救いになった」という言葉…。テキストの断片に秘められたメッセージが、なにか洗脳的な効果を生みはじめたようです。
すべては問いかけ。個の意識は宇宙的レベルで1つにつながっている、というような全体感。そこからフィードバックして個として考えるべきことの問いかけ。う〜ん、世俗にまみれてのんきな日本に住んでいると、いまひとつ実感としては受け入れにくい感覚ですね。
ラスト近く、ダライ・ラマ14世のインタビュー。「視野を広くもつべきです」という言葉が、このパフォーマンスをどう受け止めていいか分からない観客に、一種の救いをもたらします。そしてレクイエムのような合唱曲「Light」が、20世紀と視野の狭い人たちに向けたかのように演奏され、幕。

コンセプトをどう受け止めるかは別にして、僕が興味深かったのは、やはりダンス・パフォーマンスでした。コンテンポラリー系のダンスは、まさに身体表現としかいいようのない動きで、そのなめらかさと力強さには目を奪われました。
あと山本耀司の衣装ですね。Yohjiといえば、布をたっぷりと使ったモノトーンのコート!男声合唱団がまとっていた、袖がなくてインナーに着たグレーの腕がみえるコートは、すごくカッコよかった。大勢いる合唱団の全員分コートがあるんだったら、1着もらいたい、いや1着くらい盗んでも分かるまい、なんて…。
メインディッシュとなる音楽については、クラシックに疎い僕には言葉がありません。解説によれば、20世紀を10年単位に分割して、その時代に出現した音楽スタイルをテンプレートとして、楽曲に織り交ぜていくという方法がとられているようです。「声」による民族音楽の取り入れ方も印象的でした。

今回のステージは、WEBを使っての新たな技術的試みもされています。 http://life.sitesakamoto.comをご覧ください。
WEBでの展開は置いておいて、ステージ上ではネット感覚が伝わらなかったのが残念でした。ニューヨークとフランクフルトをネットでつないで、ライブでダンスパフォーマンスする映像がスクリーンに映し出されていましたが、キレイに処理されすぎた映像に「ネットっぽい生っぽさ」が感じられなかったんです。せめてブラウザの枠でも見えていればそれっぽかったのかもしれないのですが。
でも、現代の総合芸術の一端をネットが担っているというのは、嬉しいことですね。

先日リリースされたCD「LIFE IN PROGRESS」は、このオペラのシンセサイザーによるワーク・バージョン。でも、実際のオーケストラによる演奏の方が全然よかったです。
坂本教授がインタビューで、このオペラは情報量が膨大なので、記録として残すソフトとしてはDVDでないと、とおっしゃってました。
そうなるとCD「LIFE IN PROGRESS」は貴重かもしれませんね。まるで「無印良品」製かと思うくらいミニマムでシンプルなジャケット・ワークも貴重です。さらにこのCDは<輸出禁止商品>です。

この公演には「おみやげ」がついていたのを記しておきましょう。白地にタイトルが入っただけのシンプルな(使える)紙の手さげバックに、「浴用シャボン玉石けん」が入っていました。
シャボン玉石けんといえば、利益追求を度外視してまでも無添加石けんを製造し続けているところ。ベストセラー『買ってはいけない』の中で「買っていいもの」として紹介され、注目を集めている石けんです。
また会場で売られているパンフレットは再生紙使用、Tシャツはペットボトルからのリサイクル品。コンセプトの時制でいうと「過去と未来に挟まれた今できること」を関連アイテムで表現しているってことなんですね。
やりすぎと思うかもしれませんが、この分かりやすさをシンプルという言葉に置き換えると、「LIFE」というミニマムなアートワークの中にすべてが含まれることになります。企業広告ではなかなかやれない、アーティスティックな力業です。


日本武道館 1999年9月12日



LIFE オフィシャル・サイト
asahi.com:a ryuichi sakamoto opera 1999
http://www.asahi.com/opera/



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