Return
闇のストーリーテラー・大塚英志

僕が大塚英志の存在を意識したのは、マンガ「多重人格探偵 サイコ」の原作者としてでした。同時代性を切り口にして事件を語る「あとがき」が、マンガの原作者以上の存在感を示していたからです。後になって、サブカルチャーを中心にした評論でも活躍している人なのだと知りました。

「多重人格探偵 サイコ」が、いかにものタイトル以上に異彩を放っているのは、田島昭宇のハイセンスな画で描かれる猟奇シーンが、おぞましいほど美しかったからです。内容的には、その手の映画や小説で語られているもののリミックスのようにも思えましたが、意図的に感情移入を許さない分断された展開と、クールな画によって、斬新の2文字を獲得した作品となりました。
面白いのは、今の時代だったら起きそうだよな、という事件を突き放した視点で描くリアルさを持っているのに、ドラマの軸に60年代カウンターカルチャーの教祖ルーシー・モノトーンというキーワードを持たせていることです。事件の関連性と謎の組織というファンタジー性を加えることで、読者の目先を架空なものへ向けさせる防衛ラインを敷いているんです。確信犯だ、と思いましたね。
酒鬼薔薇の事件で、ホラーや猟奇的表現に一般人がピリピリしていたのが過去の話にならない頃、中高校生をターゲットにしたマンガ雑誌にこの作品を連載させた挑戦的な態度にニヤリとしてします。
正直に言うとマンガ版では、イッちゃっている人間のイッちゃった行為を視覚的な刺激として期待してしまいます。謎の組織と犯罪行為への興味は、小説版の方がストレートに語られていて面白いですね。エピソードがクロスオーバーしているので、両方を読むとより楽しめます。

多重人格探偵サイコ
田島昭宇+大塚英志 著
角川コミックス
ISBN4-04-713188-1

世間が目くじらを立てた本といえば、「完全自殺マニュアル」を思い出します。
この本は、マニュアル通りに自殺することをPUSHするのではなく、<いつでも死ねる方法を知っている>ことで、マトモに生きるためのジョーカーを読者に提供するという前向きなものでした。

まだ完結していない「多重人格探偵 サイコ」がどんな役割を果たすのか分からないけれど、マンガと並行して進行している小説版とともに、これからの展開がかなり気になる作品ではあります。

大塚英志が原作で、森美夏が画を描く「北神伝綺 上・下」をやっと手に入れて読みました。これが、とてつもなく面白かった!
民俗学者として有名な柳田國男が、自らの学問を完成させるために切り捨てた皇に従わぬ先住民「山人」をモチーフに、戦前の日本という時代背景と闇の民俗学者・兵頭北神の活躍を描くこの作品。読者との距離感を意識しすぎてクールに描きすぎた「多重人格探偵 サイコ」よりも、マンガとしては成功しています。
森美夏の圧倒的な描写力は、満州に住む「山人」の血を継ぐ最後の男、兵頭北神の存在を際だたせ、血と汗を感じるのです。思えば、「多重人格探偵 サイコ」で血と汗を感じるのは、マンガ版では端役のビデオ・ジャーナリスト渡久地だし、小説版では主人公の別人格、西園くらいのものです。
天皇絶対の思想に飲み込まれていった時代、柳田の民族学は偽りの歴史を裏付けするための道具として利用され、排除された「山人思想」はそのまま「山人駆除」の実行を意味していました。「山人」の血を継ぐ者として、学問上の師匠である柳田の「山人駆除」に手を貸す兵頭北神は、ヒーローとしての悲哀と力を備え持つ魅力的なキャラクターになっています。どことなく京極夏彦の小説に出てくる京極堂を思わせる風貌もいい感じですね。

この作品は、「坊ちゃんの時代」や「帝都物語」のように、同時代の有名人が「山人」という流れに合流していく面白さもあります。宮沢賢治、甘粕正彦、江戸川乱歩などなど。夢二の画のモデルとして有名な「お葉」が、同時期に緊縛画のモデルもしており、「山人」でもあった、という関連性の面白さ!

仕掛けとしての大塚英志原作を、森美夏の類い希な演出によって作品として昇華させた「北神伝綺」ですが、残念ながら連載誌の休刊によって上下巻で帝都編の完結までとなっています。是非とも続きを読みたいのですが、やはり森美夏との共作で「北神伝綺」の姉妹編、折口信夫を主人公にした「木島日記」に期待しています。

多重人格探偵サイコ〜 小説版
大塚英志 著
角川スニーカー文庫
ISBN4-04-419101-8
北神伝綺 上下巻
大塚英志+森美夏 著
角川書店
ISBN4-04-853052-6

60年代フラワー・チルドレンのカルチャーが、物語の行間で押しつけのように出てくることがちょっと気にはなりますが、大学で専攻していたとデータにある日本民俗学的視点は、「闇」や「裏」とされる時代の側面を物語化させるのに説得力を持っていると感じます。
一時、サイコもので面白いものを作ってくれる保証マークとして「Night Head」の飯田穣司がいましたが、映画「らせん」の失敗以降、かんばしくないようです。
今は、大塚英志に期待しましょう。

クラウボさんの【踊る多重人格探偵】には、「サイコ」で「ガクソ」なヤツが集まっています。「サイコ」ワールドのサイト・ツアーはここから始めろ!