「ブレードランナー」de チャット[後編]

2009 年 9 月 30 日 TZK コメント 1 件

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TZK「ブレードランナー」という映画からは、神格化された人材が何人も輩出されましたね。まずはシド・ミード!SF世界のハードウェア・デザイン第一人者。

ながっちシド・ミードの画集を買いましたよ(笑)

TZKおお!

ながっちフフフ
まさかその後ガンダムのデザインまでするとは思わなかった。
ヤマトもデザインしていたような。
スタートレックのヴィジャーも大好きでした。
2010年とかエイリアン2も、シドミードが関わってましたよね。

TZK工業デザイナーだから、空想だけの嘘八百なデザインでないところに説得力っていうか、リアルさを感じるよねー。
でも…だんだん映画の世界に毒されていったような…

ながっち映画の世界に慣れてきちゃったってのはあるんじゃないでしょうか?
映画に関わるようになった初期の頃の方が、見ていて新鮮なデザインが多いです。
そういえば、ファイナルカットのコメンタリーにシド・ミードが参加していたような。
こんな流れになるなら、そっちも見ておけば良かった!(笑)

TZKそうか。コメンタリーを聞かねば!(笑)
コメンタリーで思い出しました。町山智浩さんの本「80年代アメリカ映画カルトムービー篇 ブレードランナーの未来世紀」で、「ブレラン」はポストモダンという思想を体現させた映画だと。建築の世界では80年代のバブル期に、ポストモダンな建物が造られたけど、そんな流れの分岐点にあるのが「ブレラン」らしいです。ポストモダン建築というと、東京都庁ですか。

ながっちブレランから都庁が生まれた!
そういう事ですか!

TZK外国人旅行者から「ブレラン」みたいな日本が見たいと言われると、歌舞伎町を案内するって話が当時ありましたねー。どちらかというと、上野のアメ横あたりが近いようにも思うけど、日本語のけばけばしいネオンが無秩序に並ぶ風景だとしたら、やっぱり歌舞伎町なのかな。

ながっち最近の映画はCG万歳な感じですけど
ブレードランナーの画面は存在感があって、CGなんかより全然素晴らしいと思いますよ。
ダグラス・トランブル*の生み出した映像は、いま見ても遜色ないのは凄すぎます。
*映画の特殊視覚効果(SFX)の神様

TZK映像はすごいよね。CGで作った最近の映画より、空気感や空間のひろがりを感じます。あと光のハレーションがレンズが映り込んだりして、リアル。

ながっち2001年もダグラス・トランブルでしたっけ?

TZK2001年は…、40年も前の映画なのに、なにひとつ色あせてないばかりか、画面のリアルさはすごいよね。

ながっちそうなんですよね。
リドリー・スコットもキューブリックも、オーダーが厳しそうだし
担当したダグラス・トランブルからしたら、相当きつかったんでしょうけど(笑)
いまでも見て感動できる映像を残せているのは本当に素晴らしいですねぇ。

TZK何度も何度もやり直したんでしょうねぇ。根気ですかね?技術や才能ばかりでなく。
そうだ。『未知との遭遇』もダグラス・トランブルだね。

ながっち「ブレインストーム」も…

TZKスターウォーズ以外のSF映画の金字塔には、ダグラス・トランブルあり、です。

ながっちスターウォーズもダグラス・トランブルがやってたら、ルーカスはCG万歳な方向に行かなかったかもしれませんね…(笑)

TZKレプリのロイ・バッティがタイレル社社長を殺すところ。ディレクターズカット版では社長の目を指で押しつぶすところがカットされてましたが、ファイナルカット版では復活しました。

ながっちあ。僕が初めて買ったソフトは、その映像が加えられたバージョンですよ!
当時は、残酷バージョンとか言われていたような?

TZK残酷バージョン!!(ヒドイ言い方)
どうあがいても寿命をリセットできないことがわかったロイ・バッティの怒りと憎しみを表現するのに、創造主である社長の頭を抱えて目を潰していくっていうのは、いろんな感情と苦悩の強さを感じるいいシーンだと思うんですよね。
戦闘能力が高いレプリだから、いかようにでも殺せたのに。
自分たちの生みの親である社長に会って、「よく帰ってきた」なんてやさしい言葉かけられて。でもどうやっても寿命はリセットできないんだよね。
仕様だから。

ながっちその目玉潰すカットは[完全版]で復活して[ディレクターズカット版]でなくなって、[ファイナルカット版]でまた復活。
目玉潰しの有る無しだけではないんですが、こんなにいろんなバージョンが作られるのも異例ですよねぇ。
ファイナルカットで、ひとまず落ちつく事になるんでしょうか(笑)

TZKうーん。もう十分なんじゃないかな。今年の年末に、[オリジナル劇場版][完全版][ディレクターズカット最終版]の3バージョンを1枚のディスクに収めて、シームレス再生できる『ブレードランナー クロニクル』ってのが出ますけど…。

ながっち映画のラストについてですけど、もしももしもデッカードがレプリだったとしたら、彼の寿命はどうなっているんでしょう…。
レイチェルと逃げたとしても、レイチェルだけが不死で、デッカードが寿命が設定されていたら、それは悲しすぎるなぁ…。
かといって、二人とも不死で、逃げ延びて、その後はラブラブな生活というのも。(笑)

TZK寿命が設定されてない=不死ではないので、どちらかは残されてしまうでしょうね。勝手な想像ですけど、デッカードの方が先に逝きそうな気がします。つまんない喧嘩で負けたりして(笑)

ながっちおおう(泣)

TZKこんなつまんない死に方しやがって!と悔し涙流すんですよ、きっと(誰が)

ながっちレイチェルがデッカードの喧嘩相手をズバーンと撃ち殺して助けてくれそうな気もします。(笑)

TZKそして「2度目だな。助けられたのは」とデッカードが礼をいうと!
レイチェルの心の中では「私がしっかりして、この人を守ってやらなくては」という使命感が沸き起こってきて…
長く美しい髪をばっさりと切り落とし、女戦士になっていくんだろうなぁ(遠い目)

ながっちTZKさん、妄想しすぎです!(笑)

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「ブレードランナー」de チャット[前編]

2009 年 9 月 30 日 TZK Comments off

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blade_runner_img1

「2001年宇宙の旅」と「ブレードランナー」は、ぼくらの年代で映画好きを自称するには鑑賞必須の映画でした。SF好きでない人も、一応観とけ、って勢いで。
今週末、WOWOWで〈「ブレードランナー」スペシャルナイト〉が開催されます。[ファイナルカット版(2007年)]と[オリジナル劇場版(1982年)]、そしてメイキングの「デンジャラス・デイズ」がハイビジョン・日本語字幕放送。
すでにソフトを持っているにもかかわらず、祭りがあるとなるとわくわくせずにはいられません。

「ブレードランナー」は、マニアさんがたくさんいるし、ネット上でも語り尽くされています。そこで今回は、マニアックな映画ねたで盛り上がれるグラフィックデザイナーの〈ながっち〉に登場してもらい、スカイプで「ブレラン」チャットしたものをまとめました。

TZK実は最初に公開されたデッカードのモノローグ入り「ブレードランナー」には、それほど強い思い入れはなかったんですよ。画面の世界観と音楽には陶酔したんだけど、モノローグがね、画面から自分が感じ取ったものとすごくかけ離れていて、全然感情移入できなかったの。
モノローグがカットされた「ディレクターズカット」を観たときは、それまで何度も観てるはずなのに、映画の世界に素直に入り込りこむことができて、すっごい感動でした!
その時は渋谷パンテオンの大スクリーンで観ることができたので、余計感動したのかも。冒頭の炎吹き上げる近未来のLAが、視界いっぱいに映し出された時、まじ泣きそうになっちゃった(へへ)

ながっち僕はロードショー時は見ていなくて、あとから知人にススメられて観たんですよ。
普段なら冷静な彼が、『強力わかもと』とか『TDK』とか興奮気味に話していて、最初は何の事やらわけがわからなかった(笑)
で、一番最初に観たのがデッカードのモノローグが入った「ブレードランナー」。ストーリーよりも、SFXや美術や音楽にとにかく感動しました。

TZKながっちの冷静な知り合いを、そこまで興奮させてしまった日本語の看板!(笑)
『強力わかもと』のインパクトは、たしかにでかかった!アジア人がごっちゃになった近未来でも、やっぱ日本はゲイシャ・ガールなのかーって。そのゲイシャガールが「強力わかもと」を1粒口に放りこんで微笑むんだけど、それって男が飲む強精剤じゃね?と突っ込みたくなりました(笑)

ながっち当時、あそこまで日本語が飛び交う洋画は無いに等しかったんじゃないでしょうか?

TZK「2つで十分ですよ!わかってくださいよ!」
画面から日本語が聞こえるのが新鮮すぎて、耳にこびりついたよね、この台詞。

TZKハリソン・フォード演じるデッカードよりも、追われるレプリカントの方が存在感あるんだよね。地位は自分より下であっても、一般の人間より体力も知力も優れた人造人間の存在は、脅威だと思う。嫉妬もあるかもしれない。レプリカントが4年の寿命しか与えられていないってのは、人間からすると自己防御仕様なんだろうな。
ハリウッド映画の中では、いまだ白人がストーリーの中心を担ってるけど、現実のアメリカでは、白人はマイノリティーになっちゃったよね。アジア人含めた有色人種の方が多くなってる。どんどん「ブレラン」の世界に近づいてるかも。
さすがにCO2問題があるから、火炎を吹き上げる建築物は造られないだろうけどさ(笑)

ながっち「ブレードランナー」以後に考えられた、荒廃した未来の地球の姿って、みんな酸性雨が降ってますよね(笑)

TZKですねー。「ブレラン」以降は、未来の街は混沌としたアジアになってきてるよね。大友さんの「AKIRA」や劇場版「攻殻機動隊」とか。
幕張メッセあたりに行くと、「ブレラン」以前にイメージされた、昔の人が思い描いた未来都市って感じがプンプンします。

ながっちリドリー・スコットは『エイリアン』と共通の世界として、『ブレードランナー』の世界を作り出したみたいですね。

TZK2つの作品の世界はつながってるんだ。地球と宇宙とで。

ながっち確かに、『エイリアン』の登場人物が『ブレードランナー』の世界を歩いていても違和感ない(笑)

TZK「エイリアン」では、宇宙船を所有する会社が、やたらエイリアンのサンプルを持ち帰ることにこだわってたし。はっ、そうか。レプリカントの労働力は不可欠なんだけども、彼らの反乱を恐れて、天敵としてエイリアンを飼い慣らそうとしていたのかも。

ながっちああ、そうなると『エイリアン vs レプリカント』なんて作品が生まれる可能性もあるじゃないですか!(笑)
リプリーが、実はレプリカントでもおかしくない気がしてきました。(笑)

TZK僕もです(笑)「ブレラン」で、リドリー・スコット監督は、デッカードもレプリカントであるという解釈を含めたかったようだけど、ハリソン・フォードはその解釈には反対だったようですね。

ながっち撮影時に役者のテンションを下げてはマズいので、その件に関しては監督側がおりた感じなんでしょうか?
けどディレクターズカットからは、かなりデッカード=レプリな感じですよね(笑)
ユニコーンの夢も、確かディレクターズカットからでしたよね?

TZKそうそう。てっきり「レジェンド / 光と闇の伝説」の未使用カットを流用したのかと思っちゃいました、ユニコーンのシーン。ちゃんと「ブレラン」のために撮影されたものなんですよね。

ながっち僕は初めてディレクターズカットを見た時は、ユニコーンの夢を入れた意図がわかってませんでした…。

TZKラストで出てくる、折り紙で作ったユニコーンと対で考えないと、夢の部分だけ観ても分かりにくいよね。ユニコーン=永久の命の象徴だと知っていても。

TZKハリソン・フォードより、レプリの大将演じたルドガー・ハウアーが完全に持ってちゃった映画ですよねー。
ぼくは、最後のハンティングごっこで、窓から身を乗り出したロイ・バッティが、ふっと意識が遠のきそうになって、次の瞬間には機敏な行動に出るところが好き。
日中眠たくなると、よくマネした記憶が(笑)

ながっちああ、僕もマネした事ありますね(笑)
ブレードランナーでブレイクしましたよね。ルトガー・ハウアーは。
『ヒッチャー』もHV化して、WOWOWあたりで放送してほしいなぁ。

ながっちそういえば、初めて見た時は3Dな写真もショックでした。

TZK写真にズームアップしていく時、枠線が残像残しながら部分に寄っていく見せ方は、この映画にすっかり擦り込まれて、ついついマネしてきたような気がする…。
あ、ズームアップでなく、3Dで奥に進んでいってんだよね。分かりにくいんだけど。

ながっちあの写真の奥にどんどん入り込んでいくシーン、どうなってるのかよくわからないです(笑)
写真が3Dになってるのは、今だからなんとか理解できるって感じですよね。
あの頃に、あのビジュアルを考え出したのは凄いと思いますよね。

TZKぼくは、あのインターフェイスというか、マシンへの指示の出し方がよくわからないです(笑)

ながっち確かに(笑)
そのシーンだったか? デッカードの部屋の奥にも盆栽らしいものが置かれていて、ちょっと笑いました(笑)

TZK盆栽?気づかなかった。見直してみるね。
デッカードの部屋って、窓から差しこむ外光とサーチライトでどうなってるか分かる暗さだもんね。照明効果なのは分かるのですが、1人で部屋にいるときは、部屋の照明をつけないECO?なんて思っちゃいましたよ(笑)

ながっち盆栽も逆光でシルエットでしか見えません(笑)
ちょっとダイナミックなシルエットに見えるけど、あれはたぶん盆栽。

TZK盆栽って、日本だとお父さんの趣味って感じだよね。
心安らぐよ、と勧められるんですけど(笑)

ながっちヘビなどの生き物も人造だったりする世界だし、盆栽も製造番号とか入っている人造モノかもしれませんよ(笑)

ながっちファイナルカットを観返すたび、劇場の大きなスクリーンで観てみたいなぁ。と思うんですけどねぇ。

TZKファイナルカット版、HDですっごく鮮明になって感激なんですが、色味が若干青っぽくなってます。あれが本来リドリー・スコットが意図していた色だったのか…。
DVDのディレクターズカット・最終版だと、もうちょっとブラウン系の画面だったけど。

ながっちファイナルカット版は、作品のフィルムノワール色を強めるために色が調整されて、青みがかった映像になっているとどこかで読んだような気がします。

TZKなるほど。フィルムノワール調。
蛇といえば。蛇使いレプリのゾラが逃亡して、デッカードに背後から撃たれながらショーウィンドウのガラスを割っていくシーン。音楽との相乗効果ですごく切なくなるんですけど、丸腰で裸同然の人間を背後から撃つなんて卑怯じゃないか?っていつも思っちゃうんですよ。

ながっち確かに。> 丸腰で裸同然の人間を背後から撃つなんて卑怯
けど、その前に肘撃ちだけで呆気なくやられてますからね。デッカード(笑)
ブラスターなしじゃ負ける。と思ったのかも(笑)
デッカードって、ブレードランナーのわりに、やられてるシーンが多く強そうなイメージがないっていうか。

TZKうんうん。
元警官のはずだよね。はじめからブレードランナーだったのかな?

ながっちどうなんでしょう?(笑)

TZK元警官で、ブレードランナーのホールデンがレプリのレオンをVKテストしてる時に殺されちゃったから、急遽ブレードランナーとして雇われたんじゃないか?と思ったんですよ。
急遽な割にはレイチェルには手慣れた感じでVKテストしてるんだけど…。このテストは警官でも身につけてる尋問方法の1つなのかな??
その割に、冒頭でブライアン署長から、レプリの寿命についての説明を受けているのは、なんでだろ?と思っちゃった。

TZKVKって何の略だろ?
ググってみよう。

ながっちレプリの説明を受けてるとこ観ると、めちゃめちゃ素人っぽいですよね(笑)
細かく観ていくと謎が多いなぁ(笑)

TZKVKテスト:フォークト=カンプフ検査 Voight-Kampff test
劇中でのハリソン・フォードは、ドイツ語読みで「ヴォイグト・カンプ」と言ってるって。
さすがにマニアが多い映画ですから、語り尽くされてますなぁ。

ながっち「ブレラン」のマニア多いですよねぇ。
それだけ、いろいろと考えをめぐらせる事が出来る作品ではあるんですけど。
今ではすっかり名作な扱いですけど、一番最初に劇場で公開された時の評判はどうだったんでしょうね?

TZK最初はそれほどヒットしなかったんだよね。ビデオでリリースされてから、どんどん格が上がっていった。

ながっちああやっぱり!こんな弱っちい印象の主人公だし、「スターウォーズ」なんかと比べると内容的にはかなり地味ですよね。(笑)

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映画のフィルム

2009 年 9 月 19 日 TZK Comments off

映画の上映フィルムの一部

僕が中学生だった頃は、おおらかだったんだね。今の中学生とは比べものにならないくらい少ないおこづかいで、映画フィルムの一部が買えたんですから。ビデオもなかった時代、映画は最初の公開が終わったあと、2番館や名画座といった値段の安い劇場で、週替わり上映されていました。何年もいろんな映画館をまわって、ボロボロになったフィルムを、切り刻んで売ってたんでしょうね。

たしか作品は選べなかったと思うのですが、名作「明日に向かって撃て!」のフィルムクリップを5種類、「80日間世界一周」のフィルムクリップを4種類、そして70mmプリントを4種類、手に入れることができました。
僕が中学生の頃といったら、デジタル的には有史以前ってくらい昔。その時点ですでに色あせしていたので、久しぶりに見てみたら、ほとんど色が残ってない!フィルムの退色って深刻だなぁと実感しましたね。早めにデジタルデータで残しておかないと!

映画のフィルムは、写真で使う35mm巾のフィルムをタテに使って大きなロール状に巻き上げます。
「明日に向かって撃て!」の画面サイズは、2.35 : 1 のシネマスコープサイズ。横方向に圧縮した画を、映写機に横方向だけに引き延ばす「アナモフィックレンズ」をつけて上映します。DVDやBlu-rayでは、スクイーズと呼ばれる方法と同じです。

フィルムをシネスコの画面比率に

というわけで、やってみたかったですよ。この手元にあるフィルムを、2.35 : 1 にして見てみるってことを。中学生だった頃、Photoshopなんてものができて、CS4までバージョンが進歩する未来になるなんて、想像もできなかったし!

今は35mmフィルムの性能がよくなって、音響もDTSやSDDSができてから、あえて70mmプリントを作る必要がなくなってしまいました。昔は、ポスターや広告に[70mm]のマークがついていると、超大作映画の証のように思えたものです。35mmフィルムと比較すると、1コマの大きさ、非圧縮のワイド画面に、おおお!でかっ!と思いますよね。映画1本分のフィルムの重さを想像しても、70mmってどんだけ重量あるの?ってびびってしまいます。それがこれからは、デジタルデータを収録したハードディスクの重さに変わるんですね。

映画好きな人でも、映画のフィルムに興味のある人はそういないでしょう。でもホラーや特撮映画マニアの中には、好きな映画のフィルム・コマを集めている人がいるようです。
町山智浩さんのPodcastで、東宝特撮映画特集のオールナイトをよく企画していた浅草東宝でかかる「モスラ」は、繭からモスラが誕生するカットの途中がコマ飛びしてるプリントだから、なくなってる数コマのフィルムは、絶対誰かが切って所有しているはずだっていう話をしてました。
僕が持ってるフィルムは、某洋画配給会社が運営していた映画ファン用の通販で買ったものです。僕は盗んでませんからね(笑)

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映画『エンゼル・ハート』を読む[9]

2009 年 9 月 12 日 TZK Comments off

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映画「エンゼル・ハート」を読む  |123456789

ポスター

1日のうち、ちょっとずつ時間を割いて、じっくり『エンゼル・ハート』をなめるように見続けた、この約1カ月余り。仕事でもないのに労力をかけたものです(苦笑)
1ページ目にも書いたのですが、〈自分という存在の不確かさを感じたとき〉に観ると、妙に気持ちにシンクロしてくる映画です。自分が自分でない可能性の恐怖は、自分に自信を持てなくなっている時には、かえって支えになるようです。

『エンゼル・ハート』は、ウィリアム・ヒョーツバーグの『墜ちた天使』を映画化したものです。お気に入りの映画と出会えたなら、その原作にも手をだそうというものですが、映画からどれだけのことを読み取れるかに挑戦するまでは、原作を読まずにいよう、と心に決めていたのです(笑)これでやっと原作を読むことができます。もしかしたら、とんでもない思い違いをしていたかもしれないですね。どきどき。

ところで『エンゼル・ハート』は、現在ハリウッドでリメイク版が制作中です。
アラン・パーカーの映像センスとミッキー・ロークの魅力によって、奇跡的な映像化が成し遂げられた今作。題材としては魅力的なのですが、あえて作り直すというのは、無謀な試みに思えます。どうなるのでしょうか?

ポスター

エンドクレジット

アコーデオン式エレベーターの扉が勢いよく閉じる。影が壁に長い影をおとす。
エレベーターの中にいるハリー。エレベーターは下降している。

──Main キャストクレジット1──

下降していくエレベーターの俯瞰映像。

──キャストクレジット2──
──キャストクレジット3──

エレベーターの側面を写す映像。

──キャストクレジット4──
──Toots Sweet Band, Tap Dancersのクレジット──
──ブードゥードラムとミュージシャンのクレジット──
──ブードゥーダンサーのクレジット──

下降していくエレベーターの俯瞰映像。

──Mainスタッフクレジット1──
──Mainスタッフクレジット2──
──Mainスタッフクレジット3──
──Mainスタッフクレジット4──
──Mainスタッフクレジット5──
──Mainスタッフクレジット6──

回転するワイヤーの滑車。

──スタッフクレジット7──
──スタッフクレジット8──
──スタッフクレジット9──
──スタッフクレジット10──

下降してくるエレベーターのあおり映像。

──スタッフクレジット11──
──スタッフクレジット12──
──スタッフクレジット13──
──スタッフクレジット14──

エレベーターの中に立つハリーの横顔。影が顔を覆い隠していく。
下降するエレベーターから見える、上に遠ざかっていく壁面。

──スタッフクレジット15──
──スタッフクレジット16──
──スタッフクレジット17──
──スタッフクレジット18──
──スタッフクレジット19──

エレベーターが降下してくる正面からの映像。鉄製の格子の影が、美しく周囲の壁を移動していく。中に立っているハリーの姿はすっかり影になっている。

──スタッフクレジット20──
──ロケ地クレジット──
──サクソフォンプレイヤーのクレジット──
──使用楽曲のクレジット1──
──使用楽曲のクレジット2──
──使用楽曲のクレジット3──
──テクニカラー/PANAVISION/DOLBY STEREO──

どこまでも降下するエレベーター、影となったハリーは天上を見上げている。

──メインロケ地──
──Copyright──
──これはフィクションです。のテロップ──
──法的了承のテロップ──

回る滑車に寄っていくカメラ。滑車が止まる。
停止したエレベーター。中のハリーは、少しだけ天へ顔を傾ける。
[END]

エンゼル・ハート (原題:Angel Heart)
監督・脚本:アラン・パーカー
出演:ミッキー・ローク、ロバート・デニーロ、シャーロット・ランプリング
1987年/アメリカ映画/113分/画面サイズ:1.85:1 >>IMDb
*上映用プリントとして70mm 6ch Stereo版も制作された。

映画「エンゼル・ハート」を読む  |123456789


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映画『エンゼル・ハート』を読む[8]

2009 年 9 月 12 日 TZK Comments off

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映画「エンゼル・ハート」を読む  |123456789次のページ>>

『エンゼル・ハート』のストーリーを、字幕と〈画面〉から私が読み取った内容で、追っていきます。いよいよラストです。
このページはネタバレになります。

認識票がすべての証拠

暗く激しい雨が降る中、車を走らせるハリー。ブレーキをかけずに角を曲がり、急停止で車を停めると、ある建物の中に駆けていく。
真っ暗な螺旋階段を駆け上がりつつ、銃を取り出すハリー。
警察の立ち入り禁止テープで封鎖されているドア。そのテープを引っ張り取ると、片手に銃を持ったままドアから入っていく。

マーガレットの部屋のドアを、足で蹴って開く。気が焦って何かを探しているハリー。テーブルや家具の上にのっているものを、次々かき乱していく。落としたレコードの上を踏みつけレコードを割ったことも、そこに銃を落としたことも気付いていないようだ。
以前この部屋に侵入した時に見つけた〈栄光の手〉が入った箱の近くに、ボーリング・ピンのような香水瓶が倒されて置いてある。たしかこの瓶を振った時、何か入っていた音がしたはず。
両手で瓶を掴んで振ってみると、確かに何か固いものが入っている。
洗面台がある場所まで後ずさっていくと、洗面ボウルの中に瓶を叩きつけて破壊する。砕け散った瓶の欠片を選り分けていくと、底の方から軍の認識票が現れた。チェーンの部分をつまみ上げ、認識票を両手でしっかりと持って名前を見る。

「ANGEL HAROLD」の名が刻みこまれている。
*「HARRY」は「HAROLD」の愛称です。

指で刻まれた名前の凹凸を確かめるようになぞってみる。
ハリーは目を落とし、息を吐き出す。涙がこみ上げてくるのをおさえ、一度天を見上げてから、再び認識票に目を落とす。見間違いではない、たしかに「ANGEL HAROLD」の名が刻みこまれている。
「…おお」小さく声が漏れ、すべての感情が爆発したかのように顔を崩し、声を荒げ泣き声のまま絶望の叫びをあげる。
雷鳴が響き、杖を持つ尖った爪を持つ手、そして長い髪をおろしたサイファーの顔が映る。
ハリーの泣き叫ぶ声が部屋中に響く。「自分が誰か分かったぞ!畜生!」
認識票を持ったまま、よろよろと力なく歩き出すハリー。
サイファーはふんぞり返ってソファに座っている。顔には微笑みが浮かんでいる。
ハリーは両腕を開いてドアの縁に手をつき、ようやく体を支えている。そこへ「どうだ」という声がかかる。声にはっとして顔をあげた瞬間、雷鳴が再び轟く。

満面の笑顔でソファーの端に座り、ハリーを迎えるサイファー。
「小ざかしさが、いかに空しいか、分かったろう」
ハリーは、すべてを悟ったという顔になる。ゆっくり口を開き、言葉を置いていく。「ルイス・サイファー…。ルシファー〈魔王〉。名前まで安っぽい冗談だ。」
満面の笑みのままルシファーが答える。「”メフィストフェレス”は言いにくい」
涙で潤んだ目をルシファーに向けたハリー、取り乱すまいと強気を装う。「あんたは悪魔らしく装って、迷信深いギター弾きを怖がらせたり、巫女や老人を脅せるだろうが、ぼくは怖がらない。自分が誰か分かってるから。あんたは殺しもぼくの仕業に見せようとした」
睨みつけているルシファーに、ハリーの声がかぶさる。「それも無駄さ」
「私に尻尾でもあれば信じるのかな?」
「ばからしい。ぼくを罪に落とすつもりか。サイファー、そうはいかないぞ。みんなを殺したのはあんただ!」
ハリーの言葉を聞きながら、サイファーは笑いがこみ上げてくる。
「ぼくはファウラーもトゥーツも殺してない。マーガレットもその父親も殺しちゃいないんだ」声には嗚咽が混ざり合っている。
サイファーはきっとハリーを睨みつける。「君だよ、ジョニー」
「ジョニーじゃない!」
「君の手で殺したのだ。もちろん私が導いた。君があの兵隊を切り裂いた時、運命は決まった」
ハリーは意識が遠のきそうになりながら、認識票を見つめる。サイファーはつづける。
「この12年、君は他人の記憶で仮に生きてきた」
ハリーは認識票を力なくぽろっと床に落とす。落ちた認識票にサイファーが目をやる。
ハリーは、もう笑うしかないという顔に変わる。「弁護士のワインサップは?」
「あの弁護士は死んだ。ひどい事故で」
ハリーはサイファーの前を横切り、大きな鏡がはめ込まれた壁の前に立つと、鏡の中の自分を見つめる。
「でも弁護士などいくらでもいるさ。死など日常だよ、ジョニー」
鏡に写るハリーの目は潤み、死人のように蒼白い顔になっている。左半分は影で暗くなっている。
サイファーは勝ち誇ったような笑みをたたえて語る。「人間の命の値打ちは?愛や憎しみが生きがいなのかな?肉体は弱いものだ、ジョニー。魂だけが不滅だ」
魂がぬけたようになったハリーは、かすかに顔を横に振る。
ジョニーを厳しい目でみつめるサイファー。
振り返るハリー。
サイファーの目は金色に輝き、長い爪でハリーを指さす。「お前の魂は私のものだ」

唇を噛みしめ、嗚咽でなかなか言葉が出ないハリー。「分かっている…」
サイファーは床に落ちたレコードを拾いあげる。「そうとも、ジョニー、よく見ろ」レコードを片手に持ち、近くに落ちているピストルも拾い上げる。「鏡に映る自分の姿からは逃げることはできない」
ハリーは泣きつづけている。「分かってる。自分が誰か」
サイファーは拾い上げたレコードを蓄音機にかける。華やかなダンスミュージックが部屋に流れはじめる。そして、床に落ちた認識票のチェーンを長い爪ですくいあげる。

──ピストルを構えるハリー、ファウラーは驚いた顔で両手をあげる。
泣き続けるハリー。
──左目を撃ち抜かれたファウラー医師の顔。
泣き続けるハリー。
──先が弧になった短剣の刃先を、両手で下に向けるハリー。
泣きながら首を横に振るハリー。
──その刃先を勢いよく下に振り下ろす。
泣きながら首を横に振るハリー。目を開いていられない。
──引き裂かれて倒れるマーガレット。
──トゥーツの首を左手で掴み、右手で剃刀を顔に近づける。
──血だらけの剃刀を右手にもち、指の間にはさんだ煙草を一服する。
──頭が真っ赤になった紳士の顔を釜につっこむ。
ハリーは崩れた泣き顔で叫ぶ「分かってる!」
レコードの音楽は流れつづけている。
──エピファニーが首を絞められて、叫んでいる。
呆然としているハリー。
──叫びつづけるエピファニー。

ハリーは呆けて自分の顔を見つめている。
はっと振り返る。
サイファーの姿は消えている。
ふと銃がないことに気づき、散乱した床を探ってみるがない。
やばい。あわてて部屋を出て、落ちるような勢いで階段を降りていく。
誰もいない雨が降りしきる薄暮の道を、力を振り絞って走っていく。
レコードの曲はここまで流れつづけていた。

すべての謎が解明されました。サイファーがハリーにジョニー捜しを依頼したのは、この瞬間を得るためのゲームだったのです。だから、いつもサイファーはほくそ笑んでいた。「まだ分からないのかな?」というように。

ハリーがマーガレットの部屋に向かう時の、薄暗さと激しい雨がいいですね。ハリーの心の中を象徴的に描き出す状況設定です。
ハリーが捜していたものは、マーガレットが預かっていた、いけにえとなった兵隊の認識票です。化粧瓶を割り、認識票を取り出し、絶望を決定的なものにする「名前」を確認するハリーの心情を、ミッキー・ロークの抑えたリアルな演技に心奪われちゃいます。もうすでにあきらめていたとはいえ、目にした名前から一度目をそらし、再び刻みこまれた名前に目を落として、変わらぬ現実の残酷さに打ちのめされる姿。
はじめから、この瞬間のために踊らされていたハリー。そして観客もまた、この瞬間のため、映画による一人称小説とも呼べる手法──すべてのシークエンスに必ずハリーが登場し、あらゆる出来事も彼を軸に把握し、さまざまな表情を目にしていくことで、人間として共感を得られるよう仕組まれていたのです。
身近な大人の男が、絶望に泣き叫ぶ顔って、そう目にするものではありません。今、それを目にしているのです。なんの同情もできないけれど、痛ましさの感情だけが脳に突き刺さります。

そもそも『エンゼル・ハート』のストーリーは、スターを夢見る野心的な男が、悪魔信仰をする父娘と出会い、魂を魔王に売り渡すことで夢を実現させたのだが、その契約を反故しようと若い兵隊の魂を盗んで乗り移ろうとしていたものの、その前に戦争に召集されてしまい、記憶喪失で帰ってきたという、ジョニーの破天荒な人生とマーガレットの悲恋の〈後日談〉なんですよね。
なのに12年経って、マーガレットは、ハリーという人格が支配し、顔を整形で別人にされた、元婚約者ジョニーの体をもった男に殺されたのです。もっとも痛ましいのは、マーガレットかもしれません。

魔王を召喚できるほどの力を持っていたジョニーが、記憶喪失に陥るほどの戦地の経験とは、どのようなものだったのでしょう。記憶喪失の間は、ジョニーの人格は奥深くにしまわれ、いけにえとなったハリーの人格が表に押し出されるという、人格交代の無政府状態だったと勝手に解釈しました。
ハリーの人格にとっては、あの儀式のことさえ記憶から抹消されれば、一生ハリー・エンジェルとして生きていけるのです。それは結果的に、ジョニーがいけにえの兵隊に乗り移るという企ての成功を意味します。人格が奥にしまわれるという手法が望んだことかどうか分かりませんが。
ハリーの痛ましさは、奥に潜んでいたジョニーの人格を認め、彼の罪を一緒にかぶるハメになってしまったことです。ジョニーとマーガレット2人のストーリーとは無関係な人間だったのに巻き込まれたあげくに。いけにえに選ばれてしまったことよりも、ハリーとして生きていける可能性を奪われた今の方が遙かに残酷かもしれません。

最後の最後に、ハリーの中で、ジョニーの関係者を殺したのは自分である記憶が甦ってきます。
自分が誰かは分かっても、彼らを殺したのはルシファーの仕業だと確信していました。「もちろん私が導いた」とルシファーが言う通り、このゲームを面白くするために、死体に象徴的な意味を加えたのが、ルシファーだった可能性はアリですね。
だから、すべてがハリーの仕業か?というと違うと思います。マーガレットの父親を煮え立つ釜に突っ込んだのはハリーではないですからね。
そして、鏡に向かって泣き続けるハリーの背後で、ルシファーはハリーの認識票と銃を拾い上げ、ゲームを終わらせる最後の犠牲者を作りに行くのです。

ところで、ルシファーの目が金色に変わる画面。地味なのですが、けっこうインパクトがありました。
目が金色になって〈魔物〉とわかるラストといえば、マイケル・ジャクソンの『スリラー』が有名ですよね。『スリラー』の方が『エンゼル・ハート』公開より5年早いので、ここでやったらパクリ?と思われるのは承知の上なのでしょう。ここでいきなりスペシャルメイクによる悪魔顔のロバート・デニーロが出てきたら、それまでのハードボイルドタッチが台無しになってしまう可能性があったのかもしれません。

人間としての罰

中庭に噴水がある石造りのアーチが特徴的な回廊がある建物。
雷鳴が響く。
ハリーが自分の部屋へ向かっている。
通路の右側に黒づくめの服をきた人物が、椅子に座って膝の上に洗面器を乗せている。その人物の前をよたよたとハリーが通り過ぎる。黒ずくめの人物の顔が見える。男だ。

びしょ濡れで目を腫らしたハリーが部屋に入ってくる。
ベッドの上には、下半身が血で染まったシーツをかけられたエピファニーが横たわっており、傍らに立っていたふとった刑事がハリーに気がついた。「なぜ戻った?」
ハリーは無表情でただ呆然として立っている。
エピファニーの脇毛を隠すように、ハリーの認識票がかけられている。
ハリーは無表情のまま、しばらく言葉をためてから「自分の部屋だ」とだけ。
左目から涙がこぼれ落ちる。
そんなハリーにふとった刑事が尋ねる「この娘は?」ハリーの認識票を手に持って「こいつが天使〈エンゼル〉とはな」
ハリーはなんとか感情をつくりだそうとして「ぼくの娘だ」
「ウソつくな。誰なんだ」
「エピファニー・プラウドフット。ここに泊まったんだ」
刑事は彼女の死体を見てからハリーに向かって「お前が殺したな?股ぐらに撃ちこんで」
無表情のハリーの顔は、影が落ちてほとんど表情がみえない。
バスカーテンを開けて、若い刑事がエピファニーの子どもを抱いて出てくる。
目に涙をためて、その子供に希望を見たような思いになるハリー。
抱いた子どもをどうしていいか迷っている若い刑事。
いとおしそうに子供を見つめるハリー。
ふとった刑事が感情を込めずにハリーに言う。「電気で焼かれるぞ」
目を涙で腫らしたハリーは、力なくうなずく。「分かっている」
そして「地獄でな」と子どもに言葉をかける。
子どもの目は、サイファーのように金色に光り、ハリーを指さす。

アコーデオン式エレベーターの扉が勢いよく閉じる。影が壁に長い影をおとす。
エレベーターの中にいるハリー。エレベーターは下降している。

エピファニーを殺したのは、ハリーでなくルシファーでした。拾い上げた認識票と銃を使って、象徴的なデコレーションを死体に施して。股ぐらを銃で撃ち込んだのは、父親と性交した罰でしょうか。ハリーがジョニーだと気づいた後なのに、なぜ彼女は殺されなければならなかったか。それは契約通りジョニーの魂を徴収するのに、ハリーを殺人事件の犯人として死刑にさせるためですね。
魔王の力で魂をその場で奪うのではなく、持って回った方法で、人間としての罰を受けて死刑になるよう仕組んだのは、ルシファーにとってこれはゲームだったんだな、とわかる結末です。

しかし、映画がエンドクレジットに突入する直前で、ルシファーのゲーム・シナリオにないジョニーの勝利を見せられます。皮肉なことに、儀式などという持って回った方法でなく、子孫を残すというオーソドックスな方法で、ジョニーのDNAがエピファニーの息子に引き継がれていたのです。
この子を守るため、また娘のエピファニーと接触させないように、ジョニーの人格は、ハリーをニワトリ嫌いにさせて、ブードゥーから遠ざけようとしていたんじゃないでしょうか。

何度も何度も幻想シーンで登場してきた、下降していくエレベーターに乗るハリーが、エンドクレジットの間にカットインされていきます。どこまでもどこまでも下降していくエレベーター。「地獄でな」そう孫へ言い残した通り、このエレベーターはハリー・エンゼルを地獄に堕としていく檻だったんですね。
そしてこれが、原作のタイトルともなっている『墜ちた天使』となるわけです。
キリスト教における堕天使の設定とダブル・ミーニングです。
映画のタイトル『エンゼル・ハート』は、〈ハリー・エンゼル〉の〈心臓〉という直球な意味になるのですが、映画を観るまでは、もっとシンボリックな意味をイメージしてしまう罠ですね。

最後に、このシークエンスで分かることがもう一つあります。全身黒づくめの人の正体です。
はじめは、ハリーがサイファーと面会する前に見かけた、夫が拳銃自殺した部屋の血を洗い流す女性が、なにかの象徴として幻影の中に現れるのだと思っていましたが…。意外にも男性でした。
一瞬しか映りませんが、彼、ジョニー・フェイバリットじゃないでしょうか。ハリーが「タイムズ」の女編集者から取り寄せた、ジョニーのプロマイドにあった顔にどことなく似ている気がします。あくまで私の思いこみですが。
人格の実体化。だからハリーが触れようとすると、防衛本能も働いて触れられなかったんですね。2人の人格は一緒になってはならないという警告のために。

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映画『エンゼル・ハート』を読む[7]

2009 年 9 月 12 日 TZK Comments off

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『エンゼル・ハート』のストーリーを、字幕と〈画面〉から私が読み取った内容で、追っていきます。このページでは、刑事の2度目の訪問から、仕返しとニワトリ核心を知る紳士が語るジョニーの秘密までを紹介します。
ここから以降はネタバレになります。

刑事の尋問2

ドアを叩く手。
ドアの前では、ふとった白人刑事と相棒の若い刑事が待ちかまえている。
ノックに反応がないので、ふとった刑事はドアのガラス面から中を覗き込むと、ベッドに腰掛けた裸のエピファニーの姿を見る。すると、構わずもう一度ノックをする。
「今行くよ」というハリーの声。
若い刑事はドアに背を向けて、通路の手すりに肘をついて立っていたが、その声に顔だけ振り返る。
ドアが開くと、裸で腰にバスタオルを巻いたハリーが現れる。
しっかりした体格だが、腹回りには脂肪がのって、いかにも中年という裸体だ。
「何だ あんたたちか」部屋にいるエピファニーに配慮して、ドアを閉めるハリー。
「この寝坊はワケありだな」ふとった刑事はいやみっぽく言う。「黒人相手は感心できん。やたら手を出すな」
ハリーはドアの前から、通路の手すりに歩み出て、ふとった刑事と並んで立ち話をする。
さきほどその場所にいた若い刑事は、一歩下がってドア横にもたれかかる。
「ぼくは〈よそ〉者なんだ」
刑事はハリーの手のけがに気づいて、事務的にどうしたかと尋ねたあと、単刀直入に話を切り出す。
「マーガレットという女と何か関係は?」
「ないね。何故?」
「死んだ。ギター弾きの場合はどうでもいい。あれはブードゥー教がらみの事件だ。でもマーガレットは別だ。白人の富豪の娘だからな。」
ハリーから逆に質問をしかける「2人は同じ週に殺されたが、関係は?」
「状況が似ている」
刑事がトゥーツの死因を説明した時の言い方をまねて「彼女も切られた?」
「今度は誰かが心臓をえぐり出したんだ」
2人の後ろにいた若い刑事が、ふと右に視線を向けてから歩き出す。お茶を盆に載せて運んできたおばさんがやってくる。刑事はお茶にミルクを入れる。
「ぼくの仕事は尋ね人で殺人は関係ない」とハリー。
「捜す相手の名前は?」
「それは弁護士に聞けよ」
ふとった刑事の後ろから若い刑事がティーカップを渡す。
「電話したが、口が達者なやつだ。うまく逃げられたよ」
ハリーは肩をすぼめて「君とそこの相棒は、ぼくから何を聞きたいんだ?」
ふとった刑事はいきなりキレ出し、ハリーの肩をつかんで壁に押しつけ、顎をつるし上げる。勢いでティーカップは手すりから落ちてしまう。
「なめるんじゃない!法律すれすれで、うまく立ち回っているつもりだろ!」
ハリーは刑事の手を払いのける。
「殺された女は、星占いや呪文に凝っていた。だからって殺される理由はなかった。」
ハリーは、もっともだという顔で刑事を見る。左手の傷が痛むのか右手で押さえつける。
言うだけ言って気が治まったのか、ふとった刑事は「ジャマしたな。黒人とは手を切るんだ」と言うと帰っていった。

腰タオルのハリー

無粋な刑事に対し、ハリーは部屋にいるエピファニーに配慮して、腰タオル姿のまま部屋の外で応対する紳士さ。
「黒人相手は感心できん」という言葉に表れているように、この時代、白人と黒人とはまったく別の世界に生きていました。だから黒人のトゥーツ殺害は軽く片付けられても、白人で富豪の娘であるマーガレットの殺人は別だ、という話になります。にしてもこの刑事、同じ週に同じような殺され方をしたことで、ハリーを怪しんでいるのはいい鼻してますね。たしかに殺された2人の接点にハリーはいるのだから。
画面の上の人物配置に目を向けると、若い刑事の態度が気になります。何かかかわっている?と思わせるハリーとの距離の取り方をしているのですが、たんに上司に対して出過ぎない態度をしているだけなんですね。

左手を押さえたハリーはドアを開けて部屋に入ると、しばらくドアの窓から外を眺めている。マーガレットのことを考えているのだろうか?
すると、水をすくう音とともに、聞き慣れたマイナー旋律のメロディが耳に入ってくる。
ゆっくり部屋の中に視線を移すと、部屋の奥にバスカーテンが引かれ、その隙間から浴槽に入っているエピファニーの顔が見える。
彼女に近づいていくハリー。カーテンを開き、彼女の顔を見る。
彼女もハリーを見上げる。
「その歌は何?」
エピファニーは前髪をいじりながら言う「ジョニーの歌。ママがいつも歌ってたわ」
不審な顔になるハリー。その歌はハリー自身も口笛で奏でていた。
ハリーの様子が気になったエピファニー「大丈夫?」
ハリーは軽く返事をして彼女に背を向け、洗面台に手をつくと、目の前にある割れた鏡を見て、大きくため息をつく。
鏡の中の自分を見つめるハリー。
ハリーの額にひびの中心があり、そこから大きく亀裂が広がっている。
目には涙を浮かべながらじっと自分の顔を見入って、目を閉じた。

ハリーがジョニー捜しの旅に出たファースト・ステップ、ハーベスト記念病院へ車で向かう途中、口笛で奏でていたこの映画のテーマソングであるマイナー旋律の曲。その曲をなぜエピファニーが?この曲はジョニーが歌ってた?
ジョニーのことを知らなかったハリー。人気のある歌手だったのに。興味がなかっただけなのか、それとも戦地に行く前の記憶に欠落があるのか?
昨夜、首絞めプレイをした後、拳を叩きつけた鏡。放射状のヒビで分割されたハリーの顔は、人格に亀裂が入ったような映像です。

仕返しとニワトリ

町の映画館前、荷台に黒い犬を乗せた赤いトラックが停車している。
傷が痛むのか、右手で包帯を巻いた左手を押さえながら、ハリーが早足に自分の車へ乗り込もうとやってくる。その時、停車している赤いトラックに気がつく。
ハリーは早足でトラックに近づいていくと、運転席の窓から顔を出していた男に、いきなり頭突きを喰らわせる。
間髪を入れず強引にドアを開き、今度は勢いよく閉めて、男の頭を打ちつけた。助手席にいたもう一人の男が、ビビって逃げ出したのを、ハリーは走って追いかけていく。
額から血を流してぐったりしていた運転席の男は、気がついてハンドルを握り、トラックを発車。
男を追ってきたハリーは、馬舎の中に入ってくる。が、馬に隠れて男の姿は見えない。
その間に男は銃に弾を装填、積まれた干し草の上から身を出してハリーを狙い撃つ。
ハリーは柱や馬の影に身を隠して、弾を避けていく。
そこへ赤いトラックが、馬舎の中まで乗り着けてきた。
さっき頭突きされた男がライフルを持ち出して撃つ。馬を楯にして隠れていたハリーだが、その馬が倒れてきて下敷きになってしまった。
トラックから例のドーベルマンが放たれた。
ハリーは馬の下敷きになった足を動かせない。
銃声に驚いて馬たちが暴れだし、ハリーに向かって駆けてくる犬を脚で蹴った。犬は跳ね飛ばれてしまう。
その隙に体を起き上がらせたハリーは、柵を越え、身近な扉に駆け寄って開け放つ。皮肉にも、そこはハリーが苦手なニワトリが飼われている小屋だった。その光景に一瞬身構えてしまうハリー。「畜生!」と悪態をつくと、奥にある扉まで一気にかけ出し、脱出に成功。

このシークエンス、本編のカットが必要になったら、まっさきに切られるだろう地味な展開なのですが、ハードボイルドでなくてはならないアクションシーンなんですよね。放たれたドーベルマンが馬に蹴られる部分、画面が暗くてカットも早く、何が起きているのか分かりにくいのも難点です。
馬舎を抜けたらハリーが苦手なニワトリ小屋だった、というギャグで締めているからよしとしましょう(偉そうな言い方)

核心を知る紳士

なにかのイベントなのか、カウボーイハットをかぶった男たちやその女房たちが集まっている。みんなが見ている前で、ニワトリの皮をむく実演が行われてたり、ニワトリ同士を闘わせ賭をして楽しんでいる。
木製の柵で長い直線コースが作られている場所に人が集まっている。柵の間を馬が走って競うのを見物しにきているようだ。
ハリーは、案内係らしき男が指さした方へ歩いていく。ラフな格好でのどかに会話を楽しんでいた人たちの中、1人だけ白いスーツを着た紳士が孤立して立っている。ハリーはまっすぐその紳士に向かって歩いていき、隣に立つ。直線コースのはるか遠くから馬が走り出す。柵を囲む人々はみな馬が走ってくる方を見つめるが、紳士は正面を向き、隣のハリーは紳士を見つめる。
「ご用は何かな?」
「ご存じかと思った。ここ数日あなたの手下に追い回されたのでね。ジョニーを捜してる」
「あの野郎はもう死んだはずだ」
「お嬢さんを殺した犯人かもしれない」
「誰に雇われた?」
ハリーはサングラスをはずして馬が走ってくる方を見る。「言えない」
「金を出す」
ハリーは紳士に向き直って「断ります」ときっぱり。
「12年前、あなた方父娘が、病院からジョニーをさらった。ヤク中の医師に口止め料を2万5000も払って、秘密は守られた」
2人の前を競走馬が走り去っていく。
砂煙が立ち、ハリーはサングラスをかけ直す。「ケリーと名乗ったでしょ?」
紳士はハリーへ初めて顔を向ける。
「向こうへ行ってオクラでも試食しませんか?」
ハリーは乗り気なく答える。「胃酸が多いんですよ。ここの料理もひどいし」

競馬のコース

長回し(47秒間固定カメラの1カット)が印象に残るシークエンス。(*1)
長い直線コースを遙か遠くから走ってくる競走馬。柵に持たれて会話するハリーと白いスーツの紳士。ハリーが「秘密は守られた」と言い切ったところで、2人の前を馬が駆け抜ける。このタイミング、何回くらいリハーサルと本番テイクを重ねてOKが出たのだろう、と思いを巡らせてしまいます。陽が傾きかけてる光の具合ですから…。
ところで映画のラストシーンでは、人物が画面の奥に遠のいていくパターンが多いのですよね。これは観客と共有してきた物語から、登場人物が観客を置いて物語の中の未来へ向かっていくことを意味していることが多いです。ではここでの長回しカットのように、遙か彼方からこちらに駆けてくる馬を、登場人物を脇に置いてひたすら見せているのは、どういう効果を狙っているのでしょうか。直線コース=タイムライン、馬=時間だとみると、過去のある事実が、ものすごい勢いで現在に向かって迫ってきている状態だと思います。馬が手前に走ってくるまでの間、2人の会話が核心にどこまで迫れるのか、視点を人物とタイムラインの2つに分けて観る感覚は、ネットで動画を見るとき、タイムラインバーで全体のどのあたりを今見ているかを認識する感覚に近いと思います。

*1)もう一つある長回しカットは、ハリーがファウラー医師を訪れたあと、ダイナーで時間を潰しているカット(48秒)

ぐつぐつと煮え立つ大きな釜。紳士は煮え具合を見ながら「胃が良くないとは残念ですな」と言って、次の間へ入っていく。
後についていくハリーは、バケツに入ったカニの脚をつまんでぶらぶらさせてから、煮え立つ釜に放り込む。

紳士が座ったテーブルに、透明な酒とグラスが2つ運ばれてくる。
ハリーは扉を閉めて片手で鍵をしめる。
紳士はグラスに酒を注ぎながら、いきなり告白をはじめる。「ケリーと名乗って、医師に2万5000払った」
ハリーは立ったまま、氷の塊が置かれている台へ近づき、そこに置いてあったアイスピックを手に取ると、紳士に問いかける。「その時ジョニーは?」
「夢遊病者のように外を見つめていた」紳士は酒を注いだグラスを、ハリーのために自分から少し離れたところに置く。
ハリーは氷にアイスピックをぐさりと刺し「どこへ?」
紳士は酒を一口飲んでから「タイムズ・スクエアに1943年だ」
ハリーはアイスピックで氷を突き刺しつづけながら、紳士の話を聞いている。
「暮れの雑踏に彼を置き去りにして終わりだよ」
「2万5000も払って連れだし、置き去りにした?」思わず聞き返す。
紳士はハリーの方へ向き、「娘のためにやった。ジョニーと娘は何かの魔術に夢中だった」
ハリーはアイスピックを小刻みに氷を突き刺しながら言う。「手のミイラも見ましたよ」
「〈栄光の手〉だよ。どんなカギも開けられる。絞首刑の囚人の右手を切ったそうだ。娘の話ではね」
ハリーはアイスピックで、氷の欠片を削り飛ばす。
「黒魔術は?」ハリーが尋ねる。
「娘のマーガレットはいつも」
ハリーは氷をアイスピックで強く突き刺し、「魔女だ」
紳士はハリーに向かって反論する。「それは言い過ぎだ。無責任なことは言うな。娘は確かに子供のころから変わっていたが。タロットカードで遊んだり…」
「誰の影響で?」
「メイドか家庭教師か…」
「いい加減におとぼけはやめたらどうだ!」どんっとアイスピックを紳士の前のテーブルに突き刺すハリー。「あんたがやらせた!」
ハリーを見上げる紳士の胸をどついて、「この悪魔の崇拝者め!」
紳士の目つきが、突然、尊いものを讃えるように変わる。「だが魔王の力は強大だ」
「たわごとだ!」ハリーは氷の塊を掴む、はさみのような金属の器具を乱暴に手に取ると、紳士の顔に向かって威嚇するように開閉させ、首をその器具で挟み込む。「何もかも吐き出さないと、命はないと思え」
「私がジョニーを娘に紹介したんだ。彼は呪文で悪魔を呼び出す。大したものだよ。自分の魂を魔王に売り渡した」
ハリーは持っていた器具を力任せに部屋の奥へ放りなげて怒る。「それを信じろと?」
ハリーは当たり散らすように氷をハンマーで砕き出す。「汚ねえウソばかり並べやがって、畜生!」
紳士の顔にも氷の塊が飛んでくる。声を張り上げて「スターになるため…」
ハリーも負けずに声を張り上げ、「だから魂を売ったと?」
「魔王はすばらしい力をお持ちなのだ。でもジョニーは裏切ったのだ。スターになって、魔王から逃げようとした」
ハリーは氷の塊から離れ、紳士の正面に立ち、泣きそうな顔でどなりながら「たわごとはよせ!」
紳士はだんだんと高揚したように早口になっていく。「彼は古文書で儀式を見つけた。同い年の〈いけにえ〉が要る」
ハリーは息を荒げ、目に不安をたたえながら「なぜ?」
「魂を盗むためだ。そこで若い兵隊を選んだ」
ハリーは泣きそうな顔で何か言い返そうとする。
──若い兵隊と女が楽しそうに騒ぎ合っているフラッシュバック。
「誰だ」ハリーは問いかける。
紳士はハリーの問いかけを無視して話を続ける。「雑踏のタイムズ・スクエアでね」
──ある兵隊の背中に近づいていくフラッシュバック。
ハリーは半泣きの声で「兵隊って?」
「ホテルで、、儀式が行われた」
──アパートの外壁。1つだけオレンジの明かりが灯った窓へカメラが寄っていく。
「何の儀式だ?」
「兵隊は裸で縛られ、ラテン語の複雑な呪文が唱えられ、胸に星形の烙印を押す」
ハリーの目は真っ赤になり、意識朦朧となったようにふらつく。
「ジョニーは短剣で、兵隊を切り裂き心臓を食った」
──テーブルの上に血まみれのシーツがかけられ、火のついた蝋燭が何本もついている。壁は飛び散った血で汚れている。そして回転する換気扇。
ハリーはその場から逃れるように部屋のドアへ向かう。
紳士はそのまま言葉を続ける。「まだピクピク動いている心臓をね。」
ハリーは勢いよくドアを開くと、便器に顔を突っ込む。
「彼はその兵隊に乗り移る気だったが、その前に招集されてね。負傷し記憶喪失で帰国したんだ」
便器に顔を突っ込んだまま鳴き叫ぶハリー「いけにえの兵隊は誰だ?」
「彼はその兵隊の認識票を私の娘に預けた。タイムズ・スクエアこそが、彼の記憶の最後の場所だよ」
ハリーは便器から顔をあげ、起き上がると、隣の洗面台に向かって、鏡に映った自分の顔を見る。
紳士の声がこだまする〈同い年のいけにえがいる〉
──ある兵隊の背中に近づいていく。肩に手をかけようとするフラッシュバック。
鏡の中の自分を見つめるハリー。
──兵隊の肩に手をかけると、兵隊はこちらへ振り向く。顔が見える直前でカットがかわる。
紳士の声がこだまする〈魂を盗むためだ〉
──最初の面会で、握手しようとした時のサイファー。
──らせん状の階段を洗面器を持って上がってくる黒ずくめの人影。
紳士の声がこだまする〈そこで兵隊を切り裂き、心臓を食った〉
──黒いブーツを履いた女性の足元。
──壁に飛び散る血。
──黒いブーツを履いた女性は脚を揃えて座り、膝には洗面器を置いている。その前を急ぎ足の男女の足が通り過ぎる。
鏡の中の自分を見つめ、声が裏返るほどの泣き声で叫ぶハリー。
「その兵隊は誰なんだー?」
──振り向こうとする兵隊の顔。
──らせん階段を下っていく、スーツの男と黒いドレスの女、そして帽子をかぶった老人らしい人物。
紳士の声がこだまする〈彼はその兵隊の身分を頂き、〉
──火のついた蝋燭が何本もついている。壁に飛び散った血を洗い落としている黒ずくめの人影。そして回転する換気扇。
紳士の声がこだまする〈魂も盗んだが、昔の面影はある〉
その紳士の顔が急に恐れおののくものになる。

鏡の中の自分の顔を見ていたハリーが叫びだす。
「あああああああああああああああ!」
部屋のドアが勢いよく閉まる。

ハリーは焦ったようにドアに駆け寄って、開こうとするが開かない。
すぐさま別のドアを探し、少し開いた状態になっていたドアを開くと…、
煮えたぎる釜に紳士が頭から突っ込まれている。
「何てこった!」
ハリーは急いで紳士を引き上げるのが、顔はやけどで真っ赤にただれ、すでに息をしていない。
どうしようもないので、紳士の顔を釜の中に突っ込むと、走ってその場から逃げ出す。
小屋の正面ドアから駆け出て、勢いでテーブルセットをひっくり返すと、そのままここに来た方向を逆に走っていく。泥に足を取られることなど気に掛けずに。

ジョニーの消息を聞き出すために訪れた人物は、ハリーがその場で見たり触れたりした凶器によって、殺されています。
白いスーツを着た白人紳士、マーガレットの父親イーサン・クルーズマークがジョニーについて語るのを、ハリーは氷の塊にアイスピックを突き刺しながら聞いています。苛立ち、怒りを、氷に当たっているかのように。点が線で結ばれていく謎解きが始まろうとしているのに、ハリーが怒りに任せアイスピックで彼を刺しちゃうんじゃないか、とハラハラさせるいじわるな展開です。

ハリーがマーガレットの部屋にやってきた時、写真立てにあった父親の顔を見て〈昔の海賊映画で見たような顔〉と言っていましたが、正直この映画の中では印象に残らない顔つきの紳士です。それが「だが魔王の力は強大だ」と口にした時の、歓びを讃えた目つきになるギャップが恐ろしいと思いました。
そもそもの始まりは、この印象が薄い紳士だったのです。マーガレットがお呪いに凝り、悪魔崇拝者になったのも、ジョニーと娘を引き合わせたのも、そして娘のためにジョニーの魂を魔王から隠し、負傷し記憶喪失で戻ってきたジョニーをニューヨークの雑踏に放したのも。一体お前は何者なのだ?

ジョニーが泣き叫びながら「いけにえの兵隊は誰だ?」と問いかけるのが痛ましいです。彼は、分かっているのです。でもそんなこと、信じられない、信じたくないんです。自分が自分でないことなんて。
鏡の中の自分の顔を見て絶叫するハリー。彼は、いい奴だったのに。そんな悪魔とか儀式とかとは無縁な男だったのに。
でもハリーの中にはジョニーがいる。いや、元ジョニーの体に、ハリーの人格を隠れ蓑にしてジョニーの意識が潜んでいる。「彼はその兵隊に乗り移る気だったが、その前に招集されてね。負傷し記憶喪失で帰国したんだ」と紳士は言っていますが、ジョニーの思惑通り、ハリーの魂を盗んで乗り移る計画は成功したことになります。あの儀式のことさえ掘り起こさなければ、ハリーとして一生を送ることができたはずなのです。
でもハリーの人格がジョニーの存在を認めたくありません。記憶喪失になったことで、ハリーとジョニーの人格が闘い、ハリーの人格が勝って今があるのです。自分が何者かを確かめなくては。ハリーはマーガレットの部屋へ向かいます。
案の定、紳士は殺されてしまったけれど。顔がやけどで真っ赤にただれているのは、負傷したジョニーに整形手術を施し顔を変えたことへの罰かもしれません。

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映画『エンゼル・ハート』を読む[6]

2009 年 9 月 6 日 TZK Comments off

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『エンゼル・ハート』のストーリーを、字幕と〈画面〉から私が読み取った内容で、追っていきます。このページでは、ハリーとエピファニーが親しくなっていくシークエンスから、教会の中でサイファーに調査報告を行い血が降る部屋で2人が激しく性交するところまでを紹介します。

エピファニー2

停車したバスから降りてくる3人の女の中に、エピファニーがいる。
エピファニーが村の水道ポンプがあるところまで歩いてくると、そこにランニングシャツ姿のハリーが左足を伸ばして座っている。腰に手をあて、声をかけるエピファニー「どうしたの?」
「犬に噛まれた」
「それで何の用?」
「まず服を洗濯したい」
歩き出すエピファニー。ハリーは足元に丸めて置いたシャツを拾いあげ、後を追いながら彼女に話しかける。「エピファニー。エピファニー、尋ねたいことがある。トゥーツとお祭りしてた夜のことだ。ニワトリを振り回してさ。盛大にやってたな」
「いけない?自由の国よ」
「ニワトリは困る」
エピファニーはついてくるハリーに少し顔を向けて「苦手だと言ってたわね」
「エピファニー、トゥーツは死んだよ」
立ち止まるエピファニー。
「聞いたわ」
隣に立つハリーは、彼女の腕に触れて「君の仕業か?」
ハリーの手を振り払い「違うわ」
車が通りすぎるのを待って、2人は道を横断してくる。
「ぼくが彼に会うと知って、君があのニワトリの脚を届けたんだろう?」
「彼、おしゃべりだから」
「だから口をふさがれて死んだ」
歩き続けるエピファニーの腕を掴むハリー「奇妙な宗教だ」
「十字架だって奇妙なものよ」エピファニーはそっけなく答える。
「ニワトリならいいのか」
家の玄関前で向き合って立つハリーとエピファニー。
「私たち人殺しなんかしないわ」少しおいて「ジョニーは?」
ハリーは覚えていてくれたことを嬉しく思った。
「私の父よ」
真顔になるハリー。
「ミンス!」エピファニーは見知らぬ名前を発すると、家の玄関から子どもと女性が姿を見せる。「もう少し子供を預かって」
ハリーは、手を右の目にあて、俯いたまま口を開く。「何か隠していることがあれば、話してくれないか」
「何もないわ。ジョニーは戻らなかった。ママは待ちながら…、死んだわ」
また歩き出すエピファニー。ハリーもあとにつづく。
「エピファニー、この辺には死体が多過ぎるよ。君を守る人はいるのか?」
その言葉に立ち止まるエピファニー、向き合う二人。
「ご主人は?」
「いないわ」
ハリーはエピファニーの髪に触れながら「君の目はとても美しいな」
さっと身を引いたエピファニーは、触れられた髪を自分でなでる。
「ほんとだよ、きれいだ」
エピファニーは俯く。
「君の心の中まで透けて見えるようだ。…怖いのか」
「平気よ」
エピファニーはまた歩き出すが、ハリーは追わずにそこに立ち止まる。
そのまま振り返らないと思わせておいて、振り返ったエピファニーは「何かあったら電話ね?」とハリーが別れ際に言う言葉を先回りする。
うれしそうな笑顔になったハリー「何かなくても」
歩き去っていくエピファニーに向かって、念を押すように、「いいね?」
エピファニーはちょっとだけ振り返って、返事を示す。

ハリーとエピファニー

エピファニーとハリーが、歩いては立ち止まり、歩いては立ち止まりしながら会話をするシークエンス。語られている内容は、ジョニーは父親であること、トゥーツにニワトリの脚を送ったのは彼女であること、という真相の一部が明らかになるもの。
でも画面はまるで、「ハリーのピュアラブ」とサブタイトルをつけたくなるような、彼女に対して娘に接するかのようなハリーのピュアな表情がいいですね。また心が氷解していくようなエピファニーの最後の仕草も、緊張感のつづく展開の中でほっとさせるものがあります。

サイファー:教会の中で

石造りのアーチ型をした暗い回廊を、シルエットになったハリーがびっこをひきながら歩いていって左折する。
目の前の階段に、白人で金髪の少女が人形を抱いて座っている。
左の窓から大家らしきおばさんが、ハリーに気づいて声をかける。「伝言がありますよ」
ハリーはメモを受け取ると、階段に座っている少女の顔をちょっと指でつついてから、足を引きずって階段をあがっていく。腰も痛むようで、左の腰を手でおさえている。
階段の少女は、ハリーの姿をあごをあげて見ている。

天使のような少女からイエスへ

ステンドグラスで描かれたイエスの横顔。直前の見上げる少女の顔とだぶって見える。
りっぱな教会の中で、中年女性たちの聖歌隊が賛美歌を歌い、儀式が行われている。少年が分厚い赤い表紙の本を抱え、掲示台に開いて置く。ドアからハリーが入ってくる。教会席の方を見ると、座席の一番奥にサイファーが座っているのが見える。

サイファーが座る席の前列ベンチに腰掛けるハリー、上体をひねって後ろを向き、サイファーに顔を向ける。
「よく来てくれた」まずサイファーが右手を差し出す。
ハリーはサイファーの手をとって力強く握手する。「わざわざこちらへ?」
「ついでがあって。調査の進み具合も聞きたくてね」サイファーは杖に両手を重ねて置く。
ハリーはポケットからハンカチを取り出し、顔を横に向け鼻をかんでから「実をいうと…」サイファーに顔を近づけて「あまり進んでいません。あれこれ発見しましたが、ジョニーの姿はない」
サイファーは、おやおや、という顔になって「残念だ」
「おどろおどろしい呪い(まじない)と…」ハリーははばかるように一瞬教会の正面を見やってから「3つの死体。3人の死体です。殺されたんですよ」
真顔のハリーに対して、サイファーは微笑んだ目つきになり「殺人か?」
「医師のファウラーは自殺かもしれないが。ブードゥー教のトゥーツは、体のあの部分を口に詰めて窒息死」
サイファーは口に手を当て、たしなめるように「教会の中だ」
ハリーは軽い咳を押し殺して「正直言って、この事件には宗教が絡んでいて気味が悪い。何やらたたりのようで」
「宗教は人間の愛よりも憎しみを募らせるのだ」
「なるほどね。そう言えば、ジョニーの身辺に愛はないようです。僕に悪運をもたらし、つきまとってる。お陰で殺人容疑者にされた。トゥーツはぼくのメモを握って死んだ。」
サイファーはにこやかに「それは聞いたよ。気をつけることだな。3人目の殺人は?」
「ジョニーの社交界での女友達ですよ。マーガレット、ご存じですか?」
サイファーは一瞬視線をよそに向けてから「かすかに」
「かすかに?その言葉にはだまされませんよ。そのお陰でこっちは死ぬ思いなんだ
。ここではっきり答えてください。」
「あの女の存在は知っている」
「彼女に運勢を見てもらった。偽ってジョニーの誕生日を答えた。2月14日のバレンタイン・デーだと。すると彼女は、心臓(ハート)を抉(えぐ)られた。自分の未来は予言不能らしい」
「未来は予測できないものだ。結論は?」
ハリーは間髪を入れずに「ありません。ジョニーは昔の知人を殺し回っている。しかも容疑はぼくにかかる。何だか、空恐ろしくなってきます。だから正直に言ってください」訴えるように「どういうことでしょう」
サイファーは憎らしげな表情をつくり、「ジョニーは私に借りを負っているのだ」また冷静な顔に戻り。「古風だがその片をつけたい。つまり”目には目”ということだ」
ハリーは何言ってんだ?という目になり「クソ野郎め!」
サイファーは、おやまたお下品な言葉を!というように目を見開き、手を顔の横に持ってきて「言葉を慎め」とたしなめると、またにっこりする。
ハリーは教会の正面をしっかり見てから、サイファーの方に向き直り、「教会の中だろうと、遠慮しませんよ。どうせ教会は嫌いなんだ」
サイファーはおや!という反応を見せて「無神論者か?」
「そう。ブルックリンの出身で」
教会の儀式は終わったようだ。
「金でも必要になったら連絡を」サイファーはそれだけ言うとすっと立ち上がる。
ハリーは座ったままサイファーを見上げ、「金はもう結構です。用心しないと頂いた5000ドルも電気椅子の予約金になる。」
サイファーは見下ろしたまま無言。ハリーも無言で見返している。
サイファーはハリーの腕に手をかけて、そっとその場を離れていく。ハリーは座ったまま、目だけで彼を追う。

言葉を慎め

アンチ・クライストのペンタグラムを身につけているサイファーが、面会場所にキリスト教教会を指定してくるのは、なかなか大胆不敵です。ただし祭壇から一番遠い、うしろの席でですが。
これまでのサイファーとハリーのやりとりのように、会話だけ聞くとこれまでの調査の報告ですが、2人の表情のギャップが、サイファーの怪しさを念押ししています。なぜ目がほくそ笑んでる?おっさん、という感じで。ハリーが口に出す〈はしたない言葉〉に、わざとらしく「ここは教会の中だぞ」とたしなめるのがギャグですね。

ハリーは、状況がヤバイので出来ればもう降りたいという気持ちだったのでしょう。
直前のシーンで、階段に白人の金髪の少女が座っています。ちょっと不思議ですよね。
階段をあがっていくハリーを見上げる少女の顔と、教会のステンドグラスに描かれたイエスの顔が、相似形のようにつながっていきます。
彼女は、もしかしたら、天からの使いだったかもしれません。もしここでハリーが仕事を降りていたなら、救いが用意されていた最後のチャンスだったのかもしれません。
しかし仕事を降りることはできませんでした。サイファーに押し切られるように調査続行です。そして、自ら無神論者であることをカムアウトしました。この時サイファーは興味深げな表情をしていましたね。神を信じないということは、その対極にある悪魔も信じないということ。その宗教への無頓着さから、ペンタグラムを見ても特に何も感じないことに繋がっているのかも。

エピファニー3

どしゃぶりの雨が降っている。石造りのアーチ型をした暗い回廊を、ハリーがシルエットになって歩いてくる。
通路を部屋へ向かう途中で煙草を投げ捨てると、なにか見つけたように顔を傾け、一度後ろに顔を向けてから歩み寄る。
部屋のドア前にエピファニーが、しゃがみこんで眠っている。ハリーが腰を下ろしてそっと胸に手を触れると、エピファニーは目を覚まして丸めた背を起こす。
「目がおびえている」やさしくハリーが言う。
「来いよ、中に入ろう」ドアを開けてから、エピファニーに手を添えて立たせる。

「子どもは?」
暗い部屋の中、窓から入る細い明かりで、スリット状に人物が浮かび上がる。
「お隣に預けたの。あそこは14人の子持ちだから安心よ」
目が暗闇に慣れたかのように、部屋の中が見え始める。
「エピファニー、君に別の部屋を取ってもいい」
エピファニーはハリーと少し離れて立って「いいの」
「ぼくは一杯やるよ。君は?」
エピファニーは振り返って、ただ微笑む。
「聞くまでもないな」と言って、ハリーは彼女にもグラスを渡し、肘を少し上にしてグラスを彼女より高くして乾杯をする。
グラスを置いたハリー、切り出すように「考えていたんだが…ママはなぜジョニーと知り合ったのかな?」
白い水差しを手に取り、雨漏りの場所を探すように天井を見上げる。
「とにかくママは夢中だったの」
ハリーは水差しを床に起き、次に洗面器を手に取る。
「でも彼はイヤな奴だった。ママは寂しがってたわ」
ベッドの右側に来ると、洗面器の中にぽつんと雨音をたてる場所があり、洗面器を床に置く。「あんな女たらしのどこに魅力がある?」
ベッドに腰掛けているエピファニーの隣にハリーも座る。
「いつでもそう、女が胸をときめかす男はワルよ」
彼女の顔をハリーは見つめる。
「ママは何て言った?」
「彼のこと?二つのことをね。」
「一つは?」
「ジョニーという男は限りなく悪魔に近いと」
ハリーはベッドの脇に立って煙草をくわえ、柱でマッチを摺り「もう一つは?」
「すてきな愛人だと」
煙草に火をつけながら彼女を見るハリー。手を振ってマッチの火を消すとあごで頷く。視線をちょっとそらして「君はいくつだ?」
エピファニーは顔をあげて「17よ」
「17歳?もう子供がいるとは」
「大人だわ」自分で呆れた、という感じのため息をつく。
「子供の父親は?」
「分からない」
「待って」ハリーは床に置いた洗面器を取って、あらためて天井を見上げる。板面が露わになった穴が5つも開いている。「ひどいな、この部屋」
エピファニーが笑う。
「見ろよ、この雨漏り」
緊張がほぐれた顔になったエピファニーが語り出す。「儀式の時にね…”シュバリエ”という行事で…」
ハリーが「知ってるよ”シボレー”だろ」と言ってあははと笑う。
エピファニーも笑って「”シュバリエ”」と繰り返す。
「車じゃないの?」
「神が乗り移るの」
「神が君を妊娠させたの?やっと分かったよ」と言って濡れたジャケットを脱ぐハリー。
「最高のファックだった」
ハリーは彼女の顔を感心したように見つめる。

ハリーのエピファニーへの感情は、どう見ても「愛情」と呼ぶものでしょう。娘ほど年の離れた美しい女性ですから、ストレートな恋愛感情とは違うかもしれませんが、惹かれていることは確かです。
部屋に2人きりであっても、距離をとって、保護者的な立場でいようとするハリーに対し、エピファニーは大人の男としてハリーを見ています。17歳なのに子どもがいることを、環境的な不遇だと思っていたのに、「最高のファックだった」という彼女の言葉に、性の快楽を知ってる女という面があることを認識するハリー。おじさんの揺れ動く心が、見ていて滑稽ではあるけれど、どきどきしてきます。

彼女はベッドから美しい足を見せながら降り立ち、グラスをサイドボードの上に置くと、ラジオのスイッチを入れる。けだるいブルースが流れ始める。
ハリーは煙草を吸いながら、彼女の姿をうれしそうに見ている。
エピファニーはハリーの方を振り返って「踊りたい?」
ハリーは少年のような笑顔になって「ここで?」
「そうよ」と答えるエピファニーは大人の女という顔つきだ。
ハリーは視線をあちこち向けながら「今朝、犬に噛まれて、うまく動かない」
彼女はベッドに近づいて「そんなの平気だわ」とベッドの上で女の子座りをする。
柱の近くに立っていたハリーは、「じゃ、踊ろう。約束して」と指をさす。
「何を?」
「ニワトリなし」
エピファニーは屈託なく笑う。
彼女をベッドの上に立たせ、自分より顔を高くさせて、ラジオのブルースに会わせて抱き合って踊る。彼女は体をゆすってハリーの頭を抱き、髪をなで、口づけをする。
ベッドの上に優しく彼女を押し倒すハリー。口づけしながら寝返って、彼女が馬乗りになり、ハリーの顔に手を添え、何度も何度も口づけをする。
ラジオからのブルースがけだるく雰囲気を盛り上げる。
洗面器の上に落ちる雨漏りの水滴。
裸で体を重ねる2人。お互いを求め合い口づけを繰り返す。
床に置かれた水差しに落ちる水滴。
ぴんと起った彼女の乳首に吸い付くハリー。
両手を頭の上に投げ出し、快楽を受け入れているエピファニー。
なめらかな肌をしたハリーの背中。
ブルースのけだるい歌声。
天井からの雨漏りが激しくなって、ピストルを濡らす。
ハリーが下になり、騎乗位でのけぞるエピファニー。
壁にも雨漏りが流れてくる。
床の洗面器に水がいっぱいになっても水滴が降り続ける。
スタンドライトの傘にも流れるように落ちてくる雨漏り。
腰をピストンさせるハリーの背中にも水滴が落ちる。
水差しにも水が満たされ、水滴がどんどん激しく落ちてくる。
そこに、赤い血が混ざる。
激しく腰をグラインドさせるハリーの背中にも血がしたたり落ちてくる。
洗面器にも天井から血が降ってきている。
叫ぶエピファニー。
大きく腰を動かすハリー。
洗面器と水差しにも血が激しく落ちてきている。
水滴の落ちる音が、心臓の鼓動と重なっていく。
サキソフォンのテーマが流れ始める。
──足を揃えて座るシスターの前を、2人の男の足が通り過ぎる。
壁にも血が流れ落ちる。
──壁に飛び散った血を、洗い落としている黒ずくめの人物。
──左には蝋燭の光。右にある椅子には洗面器が乗っている。
ハリーの肉体は腰だけでなく全身でグラインドしているように激しく動く。
──左にある蝋燭にカメラが向くと、回る換気扇の影が映る。
──若い兵隊の肩に、背中から手をかける。
絶叫するエピファニー。
──回る換気扇。
──ワインサップの襟を掴み、顔に恐怖が走る。
──回る換気扇。
──回転するエレベーターの滑車。
──降下していくエレベーターの影に男の叫び声が重なる。
絶叫するエピファニー。
──降下するエレベーターから見る上方へ遠ざかる壁。
──炎を前に乱交する儀式。
──のけぞるエピファニーの裸体。
──炎を前に乱交する。
エピファニーの首を締めつけ、揺さぶるハリー。
──女が仰向けで人々の上を持ち上げられていく。
血まみれのベッドでSEXをつづけるハリーとエピファニー。
──壁に血しぶきが飛ぶ。
血まみれのベッドでSEXをつづけるハリーとエピファニー。
──壁に飛び散った血を、洗い落としている黒ずくめの人物。
──洗面器に満たされる血に染まった水。
エピファニーの絶叫。ハリーに首を絞められている。
彼女は体をよじってハリーをはねのけようとしている。
──儀式で跳ね回る裸の男女。
エピファニーに覆い被さって首を絞めるハリー。
絶叫するエピファニー。
陰部を押しつけているハリーの尻。
激しく絶叫するエピファニー。

首を締めつけているハリーを、その絶叫が正気に戻す。
ハリーは、彼女から手を離し、自分の顔を覆う。
軽くキスをしてから、体を離すハリー。
息も絶え絶えのエピファニー。
彼女に背を向けてベッドに腰掛けるハリー。
そんなハリーを見つめるエピファニー。息が荒い。自分の首に両手をあてる。
ハリーはベッド脇にある洗面台にある鏡に向かって、左手でパンチをする。
鏡には大きくひびが入る。
落ち着いてきたエピファニー。

血の雨が降る中でのSEX

先に仕掛けてきたのはエピファニーの方でした。ハリーにとっては、その方が垣根を越えやすかったはずです。相手の求めに応えただけ、というエクスキュースが成り立つので。
しかしハリーの愛し方は、雨漏りの水滴が血に変わりはじめると、しだいに凶暴化し、絶頂を迎えるために彼女の首を絞める行為に出ます。
1943年のニューヨーク、ブードゥーの儀式、壁に飛び散った血を洗い落とす黒ずくめの人影、のフラッシュバックがハリーを襲い、天井から血が降り注ぐという幻影も加わります。フラッシュバックと幻影が同時に起こるのは初めてですね。
すべての共通点は「血」。1943年のニューヨークも血につながる記憶です。
さまざまなイメージが交錯する中で続けられる、血まみれのハリーとエピファニーの姿は、かなりインパクトの強い映像です。幻影の中にいるハリーは、これまで見てきた根の優しいハリーと同一人物なのか。あまりに激しい腰使いと首を絞めるという行為に、ただただ意外性を感じるばかりです。実際、表に見せている姿からはイメージできない性的嗜好を持っている人はいますから、そんな裏の姿を見てしまったかのような気まずささえ感じます。
エピファニーの絶叫がようやくハリーの耳に届き、あわてて首から手を離して自分の顔を覆う姿を見ると、ほっとすると同時にハリーの人格統一性に疑問が交錯してきますよね。

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映画『エンゼル・ハート』を読む[5]

2009 年 9 月 6 日 TZK Comments off

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『エンゼル・ハート』のストーリーを、字幕と〈画面〉から私が読み取った内容で、追っていきます。このページでは、ハリーの血で汚れたシャツと剃刀の幻影から、2人の刑事が訪ねてくるところ、1943年ニューヨークのフラッシュバックマーガレットの死彼女の父親からの刺客にハリーがぼこぼこにされるところまでを紹介します。テキスト量が他のページよりちょっと多いのですが、ご容赦ください。

──回る換気扇。
──エレベーターのアコーデオン式ドアがひとりでに開く。鉄製の格子の影が、床と壁に美しくのびる。
──曇りガラスの向こうに人影が近づいてくる。ドアを開けて入ってきたのはハリーだ。
──よれよれのジャケット下に着たシャツは、血まみれになっている。
──古い集会場のような場所。並んだ木製ベンチの正面には、向かい合って置かれた椅子が1つある。
ベンチの端には、黒ずくめの人影が座っている。

──下降してくるエレベーター。鉄製の格子の影が、壁の上方に向かってのびていく。
──ベンチに座る人影に向かって、ゆっくり近づいていくハリー。
──足下に血がこびりついた剃刀が落ちている。それを右手で拾いあげ、何かを確かめると、力なくぽろっと落とす。
左手が血で汚れている。その左手を右手で包むように握ると、血があふれてくる。

──サキソフォンの音楽と不安な旋律の合唱が鳴り響く。
──気がつけば、自分のシャツが血でびっしょり汚れている。
──顔が蒼白くなり、ベンチに座る黒い影を見つめるハリー。躊躇しながら、その黒い人影に手を触れようとする。

黒づくめの人影

ファウラー医師を訪れた後の幻影シーンと同じように、トゥーツの部屋を出て行った後に現れる幻影シーン。
座席の前の方で、影のようにじっとうずくまった黒ずくめの人に、触れようと近づくハリー。
以前そうしようとしたのは、ハーレムの教会の中。壁に飛び散った血を洗い落としていた黒衣の女だと思ったから。
ルイジアナの地に来て、地下集会場のような場所にいる、同じような黒ずくめの人影に近づくのは、何のため?意識に焼きついた残像だから?それとも何か鍵を握る使者かもしれないと思ったから?
気がつけば、ハリーのシャツは血まみれです。腹部に大きな傷があるかと思うほど、血で汚れています。ジャケットは汚れていないので、シャツが血で汚れてから羽織ったのでしょう。
剃刀はトゥーツの部屋にあったもの。トゥーツの剃刀で切りつけられた左手からは、次々と血が溢れてきます。
まさに悪夢をそのまま映像にしたようなシークエンスです。

2人の刑事

ガタンという音に気づいて目覚めるハリー。
気がつくと、自分の部屋にふとっちょ白人とまじめそうな若いスーツの男が、家宅捜索している。
起きたての顔で汗びっしょりのハリー。「デカはノックもしないのか?」
ふとった白人刑事が言葉を受けて、「私立探偵は寝坊だな。夢を見てたか」
ハリーはベッドから起き上がり「夢の世界で遊んでいた」とカッコつけてきり返す。ベッド脇に備えられた小さな洗面台の前に立つと、水を流しはじめる。
若い方の刑事が床に置かれた洗面器につまずき、拾い上げる。「かなり雨漏りするようだ」
ふとった刑事は紙切れをハリーに差し出し、「これ、君の名前か?」
顔を洗ったハリー、紙切れを受け取ると、まだきちんと水気を拭いていない手でメガネを取り、紙切れを確認しようとするが、一度刑事の顔を見て焦点をあわせてから、あらためて紙切れに目を落とす。
「君のホテル?」
ハリーは顔から水をしたたらせたまま「つまり、ここだよ」と答える。
「君の筆跡?」
ハリーはベッドに腰掛けて「そう思うよ」
ふとった刑事もハリーと向き合って腰掛ける。「そのメモを、死んだギター弾きが握っていた」
ハリーは右手を口にあて、次に顔を上げ、メガネをはずしてから「死んだ?」
ふとった刑事は煙草をくわえ「トゥーツがね」くわえた煙草を一度はずし「死ぬのに時間がかかったよ」煙草を口にくわえ直して「客観的には、自分の性器で窒息死した」今度こそ煙草に火をつける。
ハリーは問いかけるように「それを説明すると?」
ふとった刑事はあらためて「誰かが性器を切り、口に押し込んだ」若い刑事が言葉をつなぐ「そして血を部屋中にふりまいた」
「彼にはいつ会った?」
「昨日の1時ごろ会った」
「何の用件で?」
ふとった刑事が尋問している間、若い刑事はハリーの銃を調べていたが、何もないというようにベッドへ銃を放り出す。
「尋ね人だ」
「誰を」
「12年前に消えた男でトゥーツと友達だ」
ふとった刑事は、ベッドに放り出された銃の銃口の匂いを嗅ぎながら「そいつの名前は?」
「言えないね。依頼人はN.Yの弁護士だ。ワインサップ。住所や電話は、君の相棒に聞いてくれ。彼が見ている手帳に書いてあるよ」
ちょうど若い刑事がハリーの手帳をまじまじと見ている。「プロ野球選手も知ってる?」
ハリーはベッドの背もたれによりかかる。「もう、おしまいだろ?」
ベッドに腰掛けていたふとった刑事も立ち上がり、ハリーに念を押すように言う。「昼食でも食いに行け。遠くにいくなよ」
頷くハリー。
出ていこうとする刑事の若い方に声をかけるハリー。「田舎のデカも忙しい」
だまって見つめ返す若い刑事。
「今日は何曜だと思う?水曜だろ」頼むよ、おい、という顔になるハリー。「”事故に注意”の日さ」

黒ずくめの人影に近づき、触れようとすると、もう少しのところで届かない。突然眠りから起こされ、夢がカットアウトするかのように。今回はまさに、勝手に部屋へ入って捜査をしている2人の刑事が立てる物音で起こされます。
ハリーの寝起きの顔がいいですね。寝汗でびっしょりの寝ぼけ顔。
これまで画面を文章化してきたものを読んできて、ハリーの癖が分かったかもしれませんが、彼は意識を向けようとする対象を前にすると、一度視線をどこかあらぬ方向へはずしてから、改めて対象を見るんですよね。
刑事が手渡すメモを受け取り、メガネをかけて、一度刑事の顔を見てから手に持ったメモに目を落とすハリー。メガネをかけて刑事を見る時の顔が、すっごく味があっていいと思うのは私だけでしょうか。すっごくおっさん臭い味なんですけど。

メガネのハリー

刑事がこの部屋に来ているのは、トゥーツが〈性器を切り取られ、口に押し込まれて窒息死〉して、この部屋の連絡先が書かれたメモを握っていたからです。〈性器を切り取られ、口に押し込まれて窒息死〉という殺害方法は、その後、映画『セブン』にも出てきましたね。猟奇的で、性に対する何かの罪を罰しているかのような殺し方です。
なぜトゥーツは、性器を切り取られなくてはならなかったのでしょう。口をふさぐのが目的であれば、別の殺し方だってあったはずです。
セリフで直接語られてはいないのですが、察すると、ジョニーと親友だったトゥーツの間には、肉体関係があったのかもしれません。ジェームス・ディーンも、相手は男女両方でしたから、カリスマ性あるスターの性癖としてはあり得ます。でなければ、エピファニーの子どもの父親はトゥーツかもしれないという可能性。もう死んでしまったので真相は分かりませんが、墓まで一緒に持って行こうというレベルの秘密は、そのあたりではないかと推測してしまう私です。

1943 NEW YEAR のフラッシュバック

バーの店内にある公衆電話から、マーガレットに電話をかけようとするハリー。
サキソフォン吹きの黒人が、カゴを持ってお客さんから小銭をもらっている。
受話器を耳にあてるハリー。ふと目の前にある鏡に映った自分の顔を見つめる。まるで他人をみているような目で。
──下降するエレベーターに乗った男。エレベーターの影が美しく壁におちる。
──エレベーターに乗っている男は、ハリー自身。上を見上げている。
──「RING IN THE 1943 NEW YEAR」の看板が出ている劇場前の広場。奥には三脚に乗せたニュースムービーのカメラ。スチールカメラのフラッシュも光る。
ゆっくりと進むパレードの車とともに歩くのは、若い兵隊たち。ボールを片手に、まわりに手を振っている。

鏡の中の顔を凝視するハリー。
──広場で抱き合う女と兵隊たち。
──ひたすら下降していくエレベーターの中で、ハリーは目を閉じる。
──長方形の窓が並ぶアパートの壁面。窓で1つだけオレンジの照明が灯り、換気扇が回っている。
──下降していくエレベーターの中のハリー。
──劇場前の広場でにぎやかに騒ぐ人たち。
──長方形の窓が並ぶアパートの壁面。1つだけオレンジの照明が灯る窓へカメラが寄っていく。
──劇場前の広場、人をかきわけていくと、女性とキスしている若い兵隊。
鏡の中の顔を凝視するハリー。
──女性とキスしている若い兵隊の右に視線をうつすと、別のしっかりした体格をした兵隊の背中に近づいていく。
その兵隊の肩に手を置くと、振り返って顔が少しだけ見える。
「あああー」という叫びが重なる。

電話ボックスでぼーとしているハリーのジャケットを、背中からひっぱる手。
はっとして振り返ると、サクソフォン吹きの黒人が気さくな笑顔で話しかけてくる「一曲どう?」
影でほとんど見えないハリーの顔だが、頬のあたりに汗をかいているのが見える。「びっくりさせるな」

フラッシュバック

鏡に映る自分の顔を、他人を見るような目で見つめるハリー。
そして断片的に見えるフラッシュバックの映像。1943年(今のハリーの時制から12年前)のニューヨーク、若い兵隊が歓迎され、にぎやかに女性と抱き合うこのパレードは、新年を迎えるにあたって帰還してきた兵隊を祝うものでしょうか。
体格のいい兵隊の背中から、左肩に手をかける主観映像が挟まります。振り返る兵隊の顔は、誰だか分かりません。
長方形の窓が並ぶアパートの外壁が、ニューヨークっぽいですね。深夜なのか、1つだけオレンジの照明が灯る窓へ、カメラが寄っていきます。窓の下には換気扇がはめこまれています。そこに男の叫び声が重なっていきます。秘かに恐ろしいことが行われたことを連想させるイメージです。12年前といえば、ジョニーが姿を消した年です。

マーガレットの死

ストリートで手拍子をとりながら、タップをする黒人の子ども達。

ペパーミントグリーンの扉を開けて入っていくハリー。ピアノの単音で奏でられる音楽がはじまる。
暗いエントランスに入りかけるが、何か気になったとでもいう感じで、扉まで戻って、少し開いた隙間から外の様子をうかがう。
タップダンスをする足元がアップになる。
階段を上がっていくハリー。

ハリーは、マーガレットの部屋へ入りかける。が、ドアに手をかけたまま立ちつくしてしまう。
視線の先には、マーガレットが血まみれで倒れていた。ドレスは引き裂かれ、片方の胸をさらけ出して。
死体に近づいていくハリー。唾を飲み込み、嗚咽を堪えるように口をおさえ、泣きそうな顔になる。
足元に何かあることに気付く。
ペンタグラムの入った首飾りをしたマーガレットの美しい顔には、血が飛び散っている。
嗚咽を堪えつつ足元に落ちていた何かを拾い上げる。それはここを訪れた時、興味深くいじくりまわしていた、刃先が弧になっている短刀だ。拾い上げた短刀を放り投げるハリー。
部屋の隅へ行き、置いてあるものを順に調べていく。
籠の中のネックレス、ブレス類、隣の箱にもネックレス、籐の蓋付きボックスにはドライフラワー、その横にはボーリングのピンのようなカタチのガラス製の化粧瓶が立っている。その化粧瓶を手に取ってみる。カラカラと中になにか固いものが入っている音がする。つづけて他の箱もざっと見て、ブルーとゴールドの花柄パターンでできた蓋付きの箱を開いてみる。中には人の右手のミイラが収められていた。それを手にとってみる。
──タップダンスをする足元。
タップの床を蹴る音に合わせ、右手のミイラを箱に放り込む。
ルーズリーフ式のスケジュールノートを見ていく。
──タップダンスをする足元。
「水曜日・ハリー・エンゼル・1:30」と書かれたページを破って丸める。
──タップダンスをする足元。
こちらに向かって近づいてくるハリーは、どんどん哀しそうな目つきに変わる。
マーガレットの死体に近づいていると思わせておいて…
──タップダンスをする足元が一瞬挟まる。
人の叫び声のような効果音とともに、紙の上に切り出された心臓が置かれているのが目に入る。
──タップダンスが止まる。

マーガレットの死

マーガレットは殺されていました。ハリーは、彼女に対して、憧れのような気持ちを抱いていたように見えます。ウィラー医師の時とは違って、死体を前に感情的でウェットな反応をします。泣きそうになるのです。
凶器は、前回ハリーがここを訪れた時、落ち着かなげにいろいろいじって手にしていた、装飾的な短刀。
ファウラー医師、トゥーツ、マーガレットともに、殺害の凶器は、直前にハリーが手にしたものばかり。完璧な殺人容疑者です。
ハリーはここでもファウラー医師の死体を前にした時と同じように、家捜ししつつも自分の形跡を消しにかかります。
そしてアラン・パーカー節が冴えます。タップダンスをする足元のアップを何度もインサートさせ、タップの早いリズムを心臓の動悸にシンクロさせて緊張感を高めていきます。ハリーは何かに気づいて画面奥から手前にやってきて、どんどん哀しそうな顔になっていくから、てっきりマーガレットの残忍な死体に改めて近づいていってるものと思ったら、いきなり心臓のアップですよ。うまい。やられた。
切り出された心臓。彼女の場合は、心臓を切り出した罪に対する罰でした。悪魔崇拝者だったわけですから、悪魔の力を知らなかったわけではないはずですが、あまりに残忍な殺され方です。

十字架を掲げる聖人像が飾られたバーのカウンターで、ハリーは物思いにふけっていた。
入口ドアの上には、大きな換気扇が回っている。日中のバー店内にはハリー1人だ。
短くなった煙草を灰皿におしつけると、グラスの酒をあおり、そのまま手に持ったグラスを、額におしつけ頭をもたげる。そしてグラスを両手で挟むと、祈るように構え、カウンターの上に額を押しつけて、何度も額を打ち付けるハリー。かなり凹んでいるように見える。

ハリーはかなり堪えているようです。
憧れの気持ちを抱いていたマーガレットの死によって、ジョニーの行方を辿る道筋はすべて断たれてしまいました。
自分が会わなかったら、あの人が死ぬことはなかったのでは?女性に優しいハリーだから、そんなことも思っていたかもしれません。
そして何となく不安が大きくなってきているようです。自分を襲う記憶にない記憶のフラッシュバック。自分という存在の不確かさを、にわかに自覚しはじめていたのかもしれません。

マーガレットの父親からの刺客

中年女性が叫んでいる。両脇から支えられて下半身を川の中に浸している。
少し離れて川に立っている女性が、川岸で見物している人々に向かって大きく手を振って、歌を歌っている。祈祷による民間療法なのだろうか。

その光景が見える場所に、木製の橋がかかっており、一台の車が通りすぎる。
運転しているのはハリーだ。片手運転しながら、ふと後方を気に掛ける。
さきほど通った橋を赤トラックが渡ってくる。
一本道しかない田舎、赤いトラックは、ずっと後をついてきている。尾行か?
バックミラー越しに後方を確かめた後、ハリーは道ばたに車を駐め、降りて歩き出した。
後ろからはまだ赤いトラックがついてきている。
ハリーは道から奥に入り、川の対岸にある漁師の家につづく桟橋を、後ろを気にしながら歩いていく。
桟橋の先には、牡蠣の殻を開く作業をしている大柄の男がいた。ハリーはその大柄な男に気軽に声をかける。「空腹なんだ。それ、売らないか?」観光しているかのように装いながら、追っ手が来ないか気に掛けている。
赤いトラックはハリーの車の後ろにつけ、ドーベルマンを従えた男2人が降りてくる。
牡蛎の男が10セントというと、「一袋くれ」ハリーが金を出そうとした時、桟橋の端でドーベルマンが放たれ、吠えながら走ってきた。ハリーは焦って逃げるが、犬は飛びかかってくる。
追っ手の2人は、犬の後を慌てずに歩いてくる。
ハリーは左足に噛みついた犬をなんとかしようと、そのへんにある棒を手にして、必死に払いのけようとする。だが追いついてきた男もそのへんの棒を手に取り、思い切りハリーの背中を叩き付けた。カニを詰めた木製の箱に倒れ込んだハリーは、その箱ごとひっくり返って、浅瀬にぶざまな格好で突っ伏してしまった。棒を持った男は、そんなハリーの襟首を掴んで顔が見えるようひっくり返すと、胸に棒を当て押さえ付ける。「よく聞くんだ。今すぐこの町から出ろ。」
ハリーはじたばたとして、攻撃をしかけようとしている犬に「こいつをどかしてくれ!」と頼み込む。
男は念を押すように言う。「マーガレットの父親からの伝言だ」

川の浅瀬にひっくり返るハリーのぶざまな格好といったら!こういう画面があるから、私はこの映画で、ハリー=ミッキー・ロークに惚れたんですよね(笑)私立探偵だから、刑事のように国家権力をふりかざすワケじゃない。危険な面とやさしさを合わせ持つところが憎めない奴です。

ジョニーと関係のあった人物が次々と殺され、八方ふさがりになってしまいましたが、ぼこぼこにされたことで新たなルートが開けました。マーガレットの父親。あの占いの部屋で2人の間に置いてあった写真立ての中の男。
ハリーを脅してまでこの町から追い出したいということは、少なくてもハリーを殺人の容疑者とは思っていないようです。

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映画『エンゼル・ハート』を読む[4]

2009 年 9 月 5 日 TZK Comments off

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『エンゼル・ハート』のストーリーを、字幕と〈画面〉から私が読み取った内容で、追っていきます。このページでは、カーター薬草店でイバンジェエリンの消息を尋ね、エピファニーと出会うところから、ジョニーの親友だったトゥーツと会いブードゥーの儀式から戻ったトゥーツを待ち伏せするところまでを紹介します。

カーター薬草店

夕立が降る中、道を横断してアーケードに入るハリー。見上げるとそこには「カーター薬草店(HERB STORE)」の看板。
カウンターに並んだ、ガラス瓶に入った液体漬けのカエル。天井からはたくさんの干した植物の束が吊り下げられている。
ハリーはカウンターに立つ黒人女性に話しかける。「”コンカラー”の根はあるかい?」
女主人は「粉末?煎じ薬?」と尋ねる。
どっちがいい?と聞き返すハリー。根が2本で1ドル20と女主人が言うと、店内の箱に座っていた2人の男のうち、老いた方が天井から吊された根を取るために立ち上がった。
ハリーは女主人に尋ねる「”コンカラー”の根をハーレムで売っていた女性がいた。名前はイバンジェエリン。」
ハリーのうしろで作業していた老人が、突然口を挟む。「ここじゃ、みんながその名前さ。詩に出てくる名前だ」
「知ってるよ。そのハーレムの店もカーターという名前なんだ」
女主人はぶっきらぼうに返事をする。「誰でも使うんだよ。ありふれた名前だからね」
「本人の名前は、イバンジェリン・プラウドフット」
女主人は老人からコンカラーの根を受け取り、紙で包装しながら答える。「知ってるよ。よくここへ帰って来たから。病気で死んだ。生まれた故郷の沼へ戻った時にね。誰かを待ってた。」
「詩と同じに?」とハリー。
女主人は包みを差し出して、「そうだよ。1ドル20」
「彼女、誰を待っていた?」
「言わなかった」そう答える女主人を老人はちらっと見る。

カーター薬草店

「薬草店(HERB STORE)」というのがあるんですね。漢方薬屋さんみたいなものかな。
ハリーが注文する〈コンカラーの根〉は、 ニューオリンズ・ブードゥー教でもっとも重要な薬草です。ブードゥー教といえば、ハイチの民間信仰と思っていた私ですが、ルイジアナ州ニューオリンズでは、呪術療法を重視した、ハイチとは異なる独自のブードゥーが発達したようです。

このカーター薬草店の店内も、明かりは窓から差しこむ外光だけで、薄暗さの中、光と影のコントラストが美しい撮影です。

エピファニー1

レンタカーで車を借りるハリー。「1週間?」「長くてもね」と言って現金で支払う。

夕日が美しい平原。貧しそうな平屋の家が並ぶ田舎の村。
立ち並んだ郵便受けで遊んでいる子どもたち。
軒先の椅子に座って外を眺めている黒人女性。
片手運転で景色を珍しそうに眺めているハリー。

墓地に立つ、イバンジェリン・プラウドフットの墓。1918-1947と記されている。少し離れた場所には聖母像が無造作に置かれている。
墓の前には木の板の上に供え物が並んでいる。供え物はみな干からびている。板の端にはブードゥーらしきシンボルマークがチョークで描かれている。
その墓を前にして、ハリーはメガネをはずし、顔の汗をハンカチで拭いている。鼻のシャッポがついたメガネをかけなおした時、子どもを抱いた若い女性がやってくるのに気づき、物陰に隠れる。
女性は手にお供えものを盛った皿をもっている。ぐずる子どもに、「おばあちゃんに会いに行くの。おばあちゃんのお墓よ」
彼女は、エバンジェリンの墓に供えられたものを、持ってきたものと入れ替えている。そして香油を手のひらにとり、両腕にすりつける。
「帰るのよ。手をつないで」子どもに言うと、女性は墓地から去っていく。ハリーは物陰からゆっくり出て、女のあとを追っていく。

水道の蛇口から流れ出る水で、さきほどの女性が髪を洗っている。
子どもは傍らに座っている。
そっと彼女に近づこうとしたハリーだが、犬に吠えられ、放し飼いにされたニワトリの間をぬってやってくる。
「失礼」まず子どもがハリーを見上げる。「プラウドフット?」
髪にシャンプーの泡がついたまま、声の方へ振り返る女性。子どもが泣き始めてしまう。
「ご免よ、これ、コニーアイランドでもらってね」ハリーは鼻のシャッポ付きサングラスをかけていて、子どもを怖がらせたと思って謝り、サングラスをはずす。
怖がって泣いている子どもを、女性はあやすように頬ずりする。再び水道の水で髪を注ぎながら、「泣かないで」と言うと、子どもはぴたっと泣くのをやめた。
「君のお母さんと話したかったんだが」
女性は髪をすすぎ続けて「ほんと?手遅れだったわ。知り合い?」
「会ったことはなかったが、少し質問したかった」
「刑事さんなの?」
「いや、ハリー・エンゼル」握手しようと手を差し出す。彼女は濡れた右手をスカートで拭いてから握手をする。
「私立探偵なんだ。君は?」
「エピファニー」
「ママは美しい名前をくれたね」
「それだけよ」
「実は君のママの友達を捜している」
エピファニーは水道の栓を締め、濡れた髪を手で受けて振り返る。
「ジョニーという男だ」
腰を下ろして見上げるエピファニー「そんな名前のお友達には会わなかったわ」
急にハリーの足下でニワトリが騒ぎ出す。
慌て狼狽えるハリー「イヤだな。離れてろよ。ニワトリは苦手だ」
エピファニーは笑顔になって、髪が前に落ちてこないように左手でおでこを押さえる。
ハリーも笑顔になる。
「ジョニーは君のママと親しかった。戦前ニューヨークで」
「聞かなかったわ。母は男好きだったの」
「トゥーツはどう?ジョニーの友達なんだが…ギターの名手だよ。今夜、演奏を聞きに行く」
エピファニーは、ただ黙って爪を咬む。
「ぼくはこの町のホテルに泊まるから。何か役に立ちそうなこと思い出したら、電話してくれないか。」
ハリーは胸ポケットからメモを取り出し、1枚破いて手渡す。
すこし間があってから、そのメモを受け取るエピファニー。
そんな彼女の顔をみて「君は美しいな。名前にぴったりだよ。」
立ち去ろうとしたハリーの足下にいるニワトリが怒り出した。彼女はちょっとはにかんだ表情で、離れていくハリーに声をかける。「なぜジョニーを追うの?」
「追ってないよ。ただ捜すように頼まれた。」
「墓の下かもね。」
ハリーも、かもね、というジェスチャーをして、鼻のシャッポつきサングラスを顔にかけ、彼女に手を振る。そしてちょっと屈んで子どもにも手を振ってみせる。
エピファニーはちらっと子どもの方を見てみる。もう泣いていない。
姿が見えなくなるまで、ハリーは子どもたちとじゃれ合っている。

ハリーとエピファニー

ジョニーの愛人、イバンジェリンはすでに死亡していました。8年前に。
でも墓地を訪れたことで、イバンジェリンの墓にお供え物を持ってくる娘・エピファニーを見つけることができました。

エキゾチックな美しさを持ったエピファニー。水道で髪を洗うという登場の仕方が、純潔さとエロティズムを感じさせて、とにかくいいです。
今観ると、「Black & White」を歌っていた頃のマイケル・ジャクソンに顔が似てるとか、目のあたりがさかな君に似てるとか思ってしまいますが、少女でも大人の女でもない、この時でなければ醸し出せない透明な輝きをフィルムに焼き付けてます。演じたリサ・ボネットは、この時18〜19歳くらいでしょうか。その後レニー・クラヴィッツと結婚したんですよね(すでに離婚してますが)

子どもを前にしたハリーは、やたら挙動に味のあるおっさんです。
コニーアイランドでもらった鼻のシャッポ付きサングラスをして現れたことで、子どもを怖がらせてしまったと思いこんで謝るハリー。立ち去る時、遊んでいる子ども相手にかまってみたり、少し屈んで子どもにも手を振ったり。こんなミッキー・ロークを、それまで観たことがなかったので、「いい奴じゃん」と好感度をぐんとアップさせたシークエンスでした。

ギターの名手トゥーツ

黒人バンドによるブルースのライブ演奏。ギターを弾きながら歌っているのが、トゥーツのようだ。
ハリーはビールを片手に、ステージを見ている。
店内の観客は気持ちよくノっていて、演奏が終わると大きな拍手が沸き起こる。ハリーもビール瓶を脇に抱えて拍手を送る。
鳴りやまない拍手の中、トゥーツは一人ステージを離れ、カウンターバーにやってくる。
そこへハリーがやってきて隣に座る。「すばらしい歌でした。スイートさん。一杯いかが?」
ハリーが「スイートさん」と名前を間違えているのを、軽く「トゥーツ」と訂正し、一杯おごってもらうよりも、とても口当たりがいいサービスのカクテルの方がオススメだと言う。
「昔、ニューヨークで演奏していたろ。戦前にディッキー・ウェルズ・バーで、あなた共演してたでしょ、ジョニー・フェイバリットと」
トゥーツは相手にしないという感じで、「そう、うろ覚えだが」
ハリーはつっこんで尋ねる「親友だったんでしょ?」
「付き合いは浅かったよ。あんた、デカかい?」
トゥーツは警戒していたのだ。
「いや、ぼくは記者でして、今、取材中なんですよ。ジョニーとスパイダー楽団をね」
「スパイダーならドラムをやってた。もう行くぜ。ヒマがない。また仕事だ」
トゥーツは席を立って、ハリーにもカクテルを勧める。「きっと気が大きくなる。新聞記者にはぴったりだ」
フロアに向かっていくトゥーツを煙草の煙で見送るハリー。

次のステージは、黒人女性ボーカリストのナンバーだ。トゥーツの姿は見えない。

トゥーツがギター&ボーカルをとる小さなライブハウスでの演奏シーン。音楽ものが十八番のアラン・パーカー監督ですから、職人技が生きています。
画の切り取り方、拾い方がうまい。音を捉えた画のカットイン・タイミングがうまい。そして音楽が鳴り響いている場の空気感を伝えるのがうまい。
ミュージック・ビデオ的編集ともいえますが、どこでなにを狙った画をはめこむか、のセンスが、アラン・パーカーの持ち味だと思います。カメラをまったく意識していない人の顔を、意図して撮影された画と組み合わせることで、場の空気感に伝えるというマジックです。

トゥーツという男

ハリーはトイレに入ると、やっぱりな、という顔になる。
小便器には誰かが立っているので、トゥーツはその後ろで順番を待っている。
ハリーはトゥーツの立つすぐ横にある洗面台にやって来て手を洗う。トゥーツの方へ向き、「ジョニーとイバンジェリンのことを聞きたい」とつぶやく。
「おれは何も知らねえよ」
画面右側にあった人の影は、用を済ませて立ち去る。
「近ごろここのカクテルに夢中なだけさ」ミュージシャンらしいトゥーツの言葉。
ハリーは洗面台にある鏡に向かって、手に水をつけ髪の毛をセットしている。
ふと右側に目をやると、小便器の上に、リボンで結んだニワトリの切断された脚が置かれていた。おっかなびっくり指でつつき、リボンの方を指先でつまむと、トゥーツの顔の前に差し出した。「これは何だい?」
トゥーツは怒って「余計なことに気を回すな」と言い捨てる。
突然、ハリーは背後から男に掴まれてトイレから出されると、ニワトリの脚先を鼻に押しつけられ「早く出て行け!さもないと痛い目にあわしてやるぜ」と巨体の黒人男から脅される。女性ボーカルのブルースが演奏されているフロアの端を、ハリーは巨体黒人男に掴まれ、引きずられるように歩かされて、ドアから店の外に放り出される。
ちょうどクッションになるところに積み上がっていた段ボールが、ハリーの重みで崩れる。

トゥーツはジョニーの親友と言われていたギター弾き。女と2人きりでいる時のジョニーは知らないまでも、それ以外のジョニーを一番知っていた可能性のある人物です。
「ジョニー」の名前が出た途端、はぐらかしてはいるけれど、警戒しているのが分かります。そしてニワトリの脚の意味を問いかけるハリーに「余計なことに気を回すな」と怒り出します。
あきらかに何かを隠しています。何かを恐れています。

ハリーとトゥーツのやりとりに気を取られていると、トゥーツが用をたすのに順番待ちしている間、画面の端をふさいでいる人影を見落としてしまいます。2度目以降の鑑賞で、「ああ、この時ニワトリの脚が置かれたのか」と気づくことができて、トゥーツだけでなく、集団が何かを隠したがっているのだと分かってきます。

ブードゥーの儀式

夜、店の前で張り込んでいたハリーは、ドアからトゥーツが現れ、車に乗り込むところを目撃する。
その車をハリーは尾行する。かっこいいブルースのBGM。ハードボイルドな雰囲気が高まる。

太鼓を叩く手。たき火をしながら、女たちがニワトリを手に持って振り回し、歌い踊っている。
男たちは踊る女たちを取り囲むように座り、さまざまなものを叩いてリズムを刻んでいる。
ハリーは物陰から祭りの様子をじっと見つめている。
舞の中心には、ひときわ目立つ白いドレスの女性が、ニワトリを高く掲げてトランス状態になっている。
ハリーは目を疑う。その白いドレスの女性はエピファニーだった。
高鳴るドラム。彼女は高く掲げたニワトリの首を、剃刀でかっ切る。
ドラムを鳴らし続ける男たちの中には、トゥーツがマラカスを鳴らして参加していた。
ニワトリの首からしたたる血が彼女の顔に垂れてくる。その血を顔に塗りたくり、さらに踊り狂う。
ドラムは鳴り続き、熱気が満ちる。
エピファニーはニワトリを地面に置くと、ひざまずいて地面を激しく叩き付け、大地とファックしているかのように腰を動かしだした。
ハリーは見てはいけないものを見てしまったかのように、周囲を見渡して車に戻っていく。

踊り狂っているエピファニーは、胸を片方さらけ出し、一緒に踊っていた女を押し倒して、馬乗りになり腰を動かしている。

ブードゥーの儀式

あとの方で、この儀式は〈シュバリエ〉と呼ばれるものと分かります。
ブードゥー教の儀式では、精霊の乗り移る憑依状態となるために、激しい太鼓のリズムによるダンスが行われ、鶏、猫、山羊、牛などの生贄が捧げられます。精霊に乗り移られた人間は、精霊から危機を乗り切る方法を教わり、その後も恵み深い保護者として精霊がとどまると言われています。そして病人を助ける立場となります。ニューオリンズ・ブードゥーは、とくにこの呪術療法を重視したものと言われています。

この儀式で、エピファニーは中心的な存在であることが分かります。ブードゥーの儀式は、なかなか部外者が目にすることはできないものです。この映画の儀式シーンがどの程度正確なのかは分かりませんが、1955年の白人ハリーにとって、奇異で黒呪術的なものにしか見えないとしても不思議ではありません。なんといってもハリーの苦手なニワトリの生き血を体に塗りたくってる儀式です。ハリーのニワトリ嫌いという設定が、この儀式と無縁とは思えません。

そしてジョニーのことを一番知るキーパーソンであるトゥーツもこの儀式に参加しています。ということはジョニーもブードゥーの儀式に参加していた可能性もあります。
ヴードゥー教のロア(Loa)と呼ばれる多数の神々は、大きく分けて、西洋の白魔術に近い癒しの「ラダ」と、威嚇的で願望を早く叶えることができる「ペトロ」に分けられます。「ペトロ」には豚が生贄として捧げられますが、もし強い願望実現を西洋魔術で実現しようとするなら、人間を生贄とする黒魔術の儀式になります。
ジョニーを取り囲むペンタグラムを身につける人々との接点は、このあたりにあるのでしょうか。

*ニューオリンズのブードゥーについてはこのページの説明が参考になりました。

回る換気扇。幾何学的に作られた階段ホール。スリット状の影が壁におちて美しい。
その暗い階段をトゥーツが疲れた足取りで上がっていく。
部屋の鍵を開けていると、突然背後からハリーが飛びかかってきた。
しかし体の大きいトゥーツはビクともせず、反対にハリーは振り落とされ、床に転がってしまう。
トゥーツは落ち着いて剃刀を取り出すと、刃先を振り回し、押さえつけようとしていたハリーの手の甲を切りつける。
ハリーは剃刀を振り回すトゥーツの肘を掴んで固定すると、力まかせに突進し、2人揃ってドアを開いて部屋に転がり入る。剃刀の刃は血が付着したまま床に落ちる。取っ組み合う2人。棚の上にあった陶器の天使像が、落ちて割れてしまう。砕け散った天使像の場所には、タロットカードも散乱していた。

ハリーは、思い切り拳を振り下ろす。「トゥーツ、おとぼけの時間はもうおしまいだ。」
床に転がるトゥーツに近づいたハリーは、ネクタイを締め上げ、落ちた剃刀を拾い上げると、トゥーツの顔に近づける。
「あんたとあの女を見た」
ハリーの顔には狂気が宿ってきている。「あのニワトリの儀式もな。お前たちブードゥー教の信者か?」
目をつぶって朦朧としてきたトゥーツは、力なく答える。「ここじゃ大勢いる」
ハリーはつづけて「あのエピファニーの役は?」
「13歳の時から母親と同じ巫女(みこ)だった」
ハリーはトゥーツの首から手を離すと、傷を負った左手にハンカチを包帯のように巻きつけて尋ねる。「ジョニーの姿を最後に見たのもあんな儀式の時か?」
「戦前に会ったきりだ」
「便所にあったニワトリの脚は何だ?」
「おれへの警告さ」

トゥーツの歯

「つまり、あまりしゃべるな。という教団の警告か」ハリーはトゥーツの口を開かせると、前歯に銀のペンタグラムが刻まれているのを確認する。
「ホテルの電話番号を教える。何かあったら連絡を」メモを取り出してペンを走らせると、やぶいて折りたたみ、トゥーツの口につっこむ。
暗い廊下を下っていくハリーの足。そこに剃刀がぽとっと階段に落ちる。

トゥーツの帰宅を待って、強引にでも聞き込みを企むハリー。
ところが、トゥーツは落ち着き払って、懐から折り畳み剃刀を取り出し、振り回してハリーを退けさせます。なぜ剃刀を携帯してる?たぶんブードゥーの儀式で、ニワトリの首をかき切るのに使った剃刀でしょう。
2人が取っ組み合って棚から落ちる天使像に、何でここにキリスト教関連の像が?と思いました。そういえば、エピファニーの母親であるエバンジェリンの墓の脇にも、聖母像が置かれていました。
ブードゥー教はアフロ・アフリカン宗教にキリスト教の聖人信仰がミックスされたものなので、ブードゥー教の信者が、同時にキリスト教を信仰しているケースも少なくないそうです。つまりその逆も。「ここじゃ大勢いる」というトゥーツの言葉は、表向きキリスト教信徒でも実は同時にブードゥー、という人たちが多いことを物語っています。西アフリカから連れてこられた黒人奴隷が、白人社会の厳しい現実に立ち向かうため、自らの民俗信仰に表向きのキリスト教を融合。さらにさまざまな宗教要素をどんどん吸収していきつつも、ひとつの信仰体系として成り立っている柔軟さにたくましさを感じてしまいます。

ジョニーを介して、間接的なつながりでしかないと思っていた、エピファニーとトゥーツ。
実は儀式で2人とも顔見知りだった、という結論。
つい先ほど目にした儀式のインパクトが強かったハリーは、今調査している案件の核心に近いところにトゥーツはいると知りながら、エピファニーのことを問い詰めます。母親(エバンジェリン=ジョニーの愛人)と同じ巫女。スピリチャルなものを持っている娘。トゥーツが隠したがっていたのは、部外者お断りのブードゥーの儀式とエピファニーのことなのかと、ここまでは思います。
しかし前歯に銀のペンタグラムの刻印。サイファー=マーガレット=トゥーツがこの印でつながりました。トゥーツもまた悪魔崇拝者なのでしょうか。
なのにハリーは、首を締め上げ、ぐったりしてしまったトゥーツを、それ以上問い詰めません。ファウラー医師の時と同じように。

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映画『エンゼル・ハート』を読む[3]

2009 年 9 月 3 日 TZK Comments off

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『エンゼル・ハート』のストーリーを、字幕と〈画面〉から私が読み取った内容で、追っていきます。このページでは、金髪美女からジョニーに関する情報を得るシークエンスから、最初のフラッシュバックコニーアイランドルイジアナへ舞台が移りマーガレットと会うところまでを紹介します。

情報収集は女の力を借りて

ボクシングの試合中継をみている金髪女性は、バーのカウンターで誰かを待ちくたびれているようだ。
そこへハリーが、コートを肩にひっかけて現れる。
「11時過ぎよ。遅いのね」と軽く文句を言う金髪女性に、さっとキスをして謝るハリー。
女は「私、クビになったらあなたの秘書になるわ」と言いながら、足下に置いた鞄から書類封筒を取り出す。ハリーは女の言葉を受けて「”タイムズ”ほど給料は払えないし、社が君を手放さないよ」とかわし、封筒から数枚の写真を取り出す。それはジョニー・フェイヴァリットの写真だ。

ジョニーの写真

ベッドの上に腰掛けて、靴を脱ぐ金髪女。忙しそうに服を脱ぎながら、ジョニーについての情報を伝える。
「ジョニーは歌手だったの。大物でスパイダー楽団の所属だったわ。スパイダーはこの町にいるの。メモしといた。138丁目の老人ホームにいる。」
ハリーは女の背から胸に手をまわしながら「いいぞ、ハーレムか」
女はガーダーベルトを自分ではずしながら報告を続ける。「ジョニーにはトゥーツという友達がいた。ギター弾きなの。婚約者も分かった。マーガレットというの。ルイジアナの令嬢よ。ジョニーと高校で知り合い、結局はフラれたの。彼女はお呪い(おまじない)に凝ってたみたい」
ハリーは言葉の最後に反応して「お呪い?そりゃ何だい?たとえば気味の悪い目とかカエルの脚とか?」
そしてベッドに腰掛けてしまう。Hする気分が失せてしまったようだ。
女は言葉を続けながら、ハリーの背中をやさしく撫でていく。
「少し変わった女性で、社交界で魔法をかけたりしてたらしいの。まわりから”魔女”と呼ばれていたみたい。──気持ちいい?」
ハリーはにっこりして「素晴らしいよ」と答えるが、途方に暮れたように呟く。「だとすると捜す相手も魔法でいかれた奴か。こいつは少し面倒だな。本人は自分が誰かさえ知らんだろう」
くわえた煙草にマッチで火をつけながら、関係人物の名前を挙げていく。「ハーレムの老バンドリーダーとトゥーツというギター弾き…ほかには?」
女は「気分でた?」と聞いてくるが、ハリーは黙ったまま顔の半分がまっくらな影に落ちている。
──若い兵隊を出迎える女たちのお祭りがフラッシュバック。
ハリーの様子が変なことに「どうかしたの?」と言う女。
何も言わず物思いに浸るハリー。

高額なギャラを提示され、本腰を入れた調査が必要と感じたハリーは、「タイムズ」誌に勤める金髪女性に、人気スターだったジョニーの情報を引き出させます。いかにもハードボイルドな展開です。ハリーは、自分が魅力のある男だと自覚して、それを利用していますね。
ここで一気にジョニーを取り巻く人物関係が語られます。これからの展開にとても重要な情報なのですが、2人がこれからSEXにもつれこもうとしている画面に目と意識が行ってしまい、語られている人物関係が頭をスルーしてしまうのが困りもの。あとで、もう一度フォローされますけどね。ジョニーの人間関係については。
ジョニーの婚約者マーガレットが、お呪いに凝っていたという話で、邪教のシンボルに埋め尽くされた棚を思い出したのでしょう。ハリーはHな気分が萎えて、かわりにある記憶のフラッシュバックに襲われます。これは何の記憶なのか?

フラッシュバックに襲われる前、ハリーの顔半分がまっくらな影に落ちます。ダークサイドへ半分持って行かれたかのように。
これは演劇的な照明効果とも言えますが、部屋の中の照明器具からだけの光で、影ができているように見せているのがうまいですね。日本のTVドラマでは、部屋全体を明るくして、人物がどう動いても影ができないようにライティングしてしまいますが、この映画では影をあえて作るために、光の存在を限定させているのが特徴的です。日中、建物の中にいる場合、部屋の照明はつけずに(撮影用照明は存在しているはずですが)、窓から入る外光だけで人物を浮かび上がらせています。横からの強い光だけで浮かび上がる顔は、些細な表情の変化をドラマティックに映し出します。

ハリーのフラッシュバック

中近東風の怪しい曲が流れる。
──きれいな弧を描く階段、エレベーターのアコーデオン式ドアが、音を立てて開く。
鉄製の格子が、床に影を落としている。
──細長い窓が並ぶアパートの外壁。1つだけオレンジの明かりがついた窓があり、そこにゆっくりとカメラが寄っていく。窓の下には換気扇が回っている。
──弧を描く階段を、黒づくめの人影が、白い洗面器の中にブラシを入れてあがってくる。
──オレンジの明かりがついた窓に、男の叫び声が重なる。
──弧を描く階段を、黒づくめの人影が、白い洗面器の中にブラシを入れてさらにあがってくる。
──廊下を歩いてくる女性用ブーツのアップ。椅子に座って脚先をきちんと揃える。
──高回転でまわる換気扇。

ハリーを襲うフラッシュバック。いつも同じイメージが繰り返されます。
『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』でアラン・パーカー監督のファンになった私としては、このイメージのシャッフルにはゾクゾクしてしまいます。無関係に見えるこれらのイメージは、どこでストーリーと合流してくるのでしょう。
回る換気扇が何度も何度も繰り返し画面に登場します。目に焼きつくように。それはまさに、目に焼きついたイメージなのかもしれません。ある人物の死の直前に見た光景として。

換気扇とオープンリール

回る換気扇から、回転するオープンリールのアップにつながる。
ハリーは調査報告をテープレコーダーに吹き込んでおり、これまでの経過をおさらいする。
「1955年1月3日、客はルイス・サイファー。弁護士ワインサップの紹介。ジョニー捜しを依頼された。この12年、入院中のはずの病院にはおらず、ケリーという男と一人の女が連れ去っていた。女の正体は不明だ。ケリーは2万5000ドルで医師を買収し、ジョニーが入院中と装わせた。その医師はすでに死亡した。」
テープ再生を止め、ここからマイクを持ってその続きを吹き込みはじめる。
「その昔ジョニーは人気者だったらしい。でも次第に人間嫌いになった。ぼくはまずスパイダーを訪ねた。彼は今、ハーレムの老人ホームに住んでいる。場所は138丁目だ。ジョニーにはギター弾きの親友も一人いた。トゥーツという男。今、ニューオリンズに戻ってる。マーガレットやジョニーもそこにいそうだ。スパイダーの話では、ジョニーに秘密の愛人がいた。イバンジェリンという黒人女だ。彼女はハーレムで怪しげな薬屋をやっていた。マダム・カーターの店だ」
ハリーはテープレコーダーのスイッチを止める。「サイファーさん、秘密の恋は…、秘密のままがいいね」

回る換気扇から、同ポジションで回るオープンリールに変わるのがいいですね。
ドラマで説明的なセリフが出てくると、途端に興ざめしてしまう私ですが、探偵が調査の記録としてテープに吹き込むという状況ならOKです。アラン・パーカー監督のやることですから、これまでの経過を〈まとめ〉としてご親切にも整理してくれている〈だけ〉ではないからです。もちろんここで〈まとめ〉があるおかげで、込み入ってきた人間関係の名前を再確認することができます。金髪女性とHにもつれ込みながら語られるジョニーの周辺情報は、画面に目が行っちゃって、頭に入りにくいですから(笑)
ジョニーが所属したスパイダー楽団の老スパイダーを、ハーレムの老人ホームへ訪ねるシーンが、報告のトークに重ねて要領良く描かれます。老スパイダーは、久しぶりの来訪者にすごくうれしそうな顔をしていました。
そしてここまでの調査で、ハリーがこの案件を「秘密の恋を暴くこと」だと勘違いしていることが、なるほどね、と思わせます。それが私立探偵ハリーの現実認識の範囲なんですね。

コニーアイランドと鼻のシャッポ

さらにつづけてテープレコーダーを動かし、吹き込みをつづける。
画面はロングアイランドの観覧車が見える場所へ。録音する声がつづく「もう一人、彼がよく会っていた人物は、手相見の女性、マダム・ゾーラだった。」
オフシーズンなのか遊園地はゴミでいっぱい。軒下ではねずみが食べ物の残りをあさっている。

コニーアイランドの観覧車前に広がる砂浜。人気のない砂浜に、ビーチチェアを出して座っている男がいる。
ハリーは彼に話しかける。「向こうの男にあんたのこと聞いてね。マダム・ゾーラを捜してる」
男は、サングラスに鼻のカバーを取り付けている。「知ってる。戦前、女房の友達だったよ。薄気味悪い女だった。女房の親友さ。要はバプテストでね」
男は傍らの箱を持ち上げ、ハリーにも鼻のカバーを差し出す。「鼻のシャッポだ。1つ取りな」
ハリーはコートの裏ポケットからメガネを取り出し、もらった鼻のシャッポを取り付けてみる。そのおバカな鼻つきメガネをかけ、男に尋ねてみる。「ジョニーという名前、聞いたことは?」
「歌手の?」男の反応は早かった。正面の海を指さしながら、「女房に聞けよ。いつもラジオを聴いて流行歌を歌っていた」

波打ち際より少し入ったところに、少し太った中年女が股のあたりまで海に浸かっている。
「海は嫌いなんだけど、体のため。静脈りゅうの治療さ」と鼻シャッポの男は女房の行為を説明する。
波打ち際まで来たハリーだが、靴が濡れるので中年女性に近づけない。大声を出して話しかけることに。
「マダム・ゾーラのことを尋ねたい」
中年女は海の中に立ったままで「戦前、知り合いだったわ。ゾーラね?この近くに小屋を持ってたわ。それに社交界のお嬢さんよ。ジプシーじゃない。ジョニーはよく来ていたわ。彼女、夢中で…。私も彼のヒット・ソングは全部知ってるわ」
ハリーはさらにつっこんで「マーガレットという名前は?」
すると中年女からは意外な答えが。「とぼけないでよ。ゾーラがマーガレットだわ」
ハリーはめがねをはずして尋ねる。「彼女はどこに?」
「ある日突然店じまいして。南部へ帰ったわ。」
「ジョニーの居所はご存じですか。」
「たぶんお墓でしょうね。彼の歌、聞きたい?」
そういうと中年女は勝手に歌い出した。<君のために、泣いたよ〜。だから今度は君が泣く番だ〜♪>
あまったるいメロディーの曲だ。

ハリーはビーチチェアに座っている男に礼を言う。
「鼻のシャッポを有りがとう。役に立つよ」
「どこで?」
「ルイジアナ」
「いいね!」

コニーアイランド

このコニーアイランドのシーンは、やたら強く印象に残っています。この風景が好きだからというのもありますが、空を大きくとったシンプルで開放的な画面構図が、構築的で意味深な他の映像とあまりに違うからかもしれません。それにドリフのカトちゃんメガネのような鼻のシャッポ!海に下半身だけ浸かっている中年婦人の妙さ。ジョニーの歌だと言って歌い出す、あまーくへたっぴな歌。
それらディテールの印象が強すぎて、何度観ても「はて?ハリーはここに何しに来たんだっけ?」って思ってしまうのです。直前に語られた言葉をすっかり忘れちゃうんですよね(苦笑)
ジョニーと親しかったマダム・ゾーラの消息を訪ねてここに来て、マダム・ゾーラはジョニーの婚約者マーガレットと同一人物と分かり、彼女の故郷であるルイジアナ向かうことになるわけですよ。さて、舞台はルイジアナへ。

ルイジアナへ─マーガレット

薄手のよれよれジャケットを着て、ハリーが駅のホームを歩いてくる。
暑さにジャケットを脱ぎ、鼻のシャッポ付きメガネをかける。
オールド・スイングの音楽が流れる。

ストリートでは、黒人の子ども達がブラスを吹き、タップダンスを踊っている。

ハリーはホテルで着替えると、まず「トゥーツ・スィートとその楽団」の広告を見て、
メモを取る。そして、TEA ROOMのガラス窓に貼られたフライヤーから「マーガレットの手相と星占い」を見つける。
(広告には MADAME KRUSEMARK と書かれている。マーガレットのフルネームは、マーガレット・クルーズマークだ)

路上に雪が積もるニューヨークから、一気に汗ばむルイジアナへ。画面の色調もブルーを基調にした画面から、オレンジ基調の画面へ。
そこは音楽にあふれた南部の世界。そしてニューオリンズ・ブードゥー教の地。

品の良い細身のご婦人が路上電車に乗り込む。
その女性を尾行していたハリーは、発車してすぐその路面電車に飛び乗る。
ピアノの美しい音楽が流れる。
その上品なご婦人こそマーガレット(シャーロット・ランプリング)だ。
彼女の斜め後ろに座っているハリーは、彼女が髪をかきあげて首のうしろをさする姿を、じっと見つめている。
停車駅で降りるマーガレット。少し遅れて降りたハリーは、細い木の傍らに立って、恋するかのような顔で彼女をじっと見つめている。

ここまで私立探偵ハリー・エンゼルのハードボイルド映画として展開してきたので、マーガレット役にシャーロット・ランプリングが登場したことに「キタ━━━(゜∀゜)━━━ッ!!」って感じです。
レイモンド・チャンドラー原作、私立探偵フィリップ・マーロウを主人公にしたハードボイルド映画『さらば愛しき女よ』のシャーロット・ランプリングですよ!
〈越後のちりめん問屋〉なる老人が、護衛2人を連れて旅していたところ、由美かおるが出てくるようなものかも(言い過ぎか)
ともあれ、マーガレットを見つめるハリーの目がいいですねぇ。憧れの女性に出会ったかのような目が。それもまた伏線なのですが。

「M.Krusemark」の表札がついた呼び鈴を押すハリー。
ドアが開き、さきほどのご婦人が現れる。

部屋に通されるハリー。たくさんの植物とオレンジのランプに飾られた部屋が美しい。
ハリーはすばらしい部屋だと褒め、「占いは初めてですが、時間はかかりますか」と尋ねる。
「今はお話を伺うだけ。数日後に結果が出ますわ」
2人は向かい合って座る。ハリーは落ち着きがなく、後ろにあった装飾的なナイフを手に取り、しげしげと眺めている。弧を描く刃先が特徴的なナイフだ。
マーガレットはフランス語で黒人のメイドを呼びつける。ノートを広げながら、ハリーにダージリンか、ウーロンかを尋ねる。
ハリーはナイフをサックに納め、ウーロンを選ぶ。珍しい好みね、とマーガレットに言われ、ふふっと笑ってナイフを後ろの棚に戻す。ついでにピアノの鍵盤を叩き、音を出して遊んでいる。とにかく落ち着きがない。
「ピアノを弾くの?」と聞かれ「いいえ、別に」とちょっとかしこまって答えるハリー。
唐突に、テーブルの上にあった写真立てを指さし、「このイヤな顔の男は誰です?」と聞く。
「私の父よ」という返事に、無邪気な笑顔で「どうも失礼」と謝ると、マーガレットも「父も嫌ってるわ」とちょっと微笑む。
「昔、海賊映画で見たような顔ですね。名前は?」
「イーサン。イーサン・クルーズマーク」
「この名前は知らないな」

これまで名前だけ語られてきた、お呪いに凝っていたジョニーの婚約者マーガレット。
もっと癖のある外見、それこそゴス系というか魔女っぽい感じを想像しそうですが、こんな上品で凜とした女性なんです。なんといってもシャーロット・タンプリングですから。退廃的でエロい方向でなければ、謎の女性とか、近寄りがたい気品さを持った女性という雰囲気になりますね、やっぱり。出演時間はほんの少しなのに、彼女クラスの女優がキャスティングされるのは、マーガレットという女性の存在感が必要だったからです。不在の順主役ジョニーの婚約者ですから。
マーガレットが占いをする部屋は、窓からたくさんの光が入り、観葉植物やオレンジの室内灯がアクセントになっている、リラクセーション・スペースのような空間です。
それでも彼女は、悪魔崇拝者なんです。

さて。映画を制作者の側に立って観ようとした場合、画面に映り込んでいるものにどうしても気がいってしまいます。
ここでは、〈昔、海賊映画で見たような顔〉をしたマーガレットの父親の写真立てです。
たんに2人の出会いを見張っているかのように見せたいのか、ただの小道具なのか。意味ありげに画面配置されているのが気になるのです。
〈海賊映画〉と言えば『パイレーツ・オブ・カビリアン』シリーズを思い出してしまう今、昔の海賊映画で見たような顔ってどんなだ?と疑問なのですが、分からないのです。知識をお持ちの方がいらしたら、是非教えてください。

ハリーとマーガレット

煙草を吸おうとしたハリーを、「遠慮して」とマーガレットは穏やかに注意すると、ティーカップを手渡す。
「お誕生日を教えてください」
ハリーは答え始める「ぼくが生まれたのは2月14日です。1918年のバレンタインデーですよ。」
──ここから2人の座る中間とマーガレットの左側に、父親の写真立てがいつも画面に映り込んでいる。まるで2人を見張っているかのように。
マーガレットはノートに書きながら「ふしぎね。昔、同じ誕生日の男を知ってたわ」
ハリーは冷静に反応して「ほんと?そんな偶然もたまにあるでしょ。その男の天宮図を出せば時間の節約だ」
「そうは思いません。人それぞれに運勢は違いますから。…生誕地は?」
「ニューヨークのブルックリン」
ハリーはカップをテーブルに置き「その友達はヘンな男?」と反応をみるように聞く。
マーガレットは受け流すように「そうですね」とだけ。

ハリーのアップになる。「仲が悪かったんだな、ジョニーと」
マーガレットはノートから目をあげない。
ハリーはさらに反応を見ようとして「どうでした?君とジョニーとの仲は」とさらに突っ込む。
マーガレットはようやくノートに落とした視線をあげてハリーを見る。ハリーはニヤッと笑う。
マーガレットは凛とした表情で「あなた誰?」
「彼とは戦友だった。確か君と婚約していたね」
マーガレットはパタンとノートを閉じる。
怒らせてしまったと思ったハリー「すまん、ウソをついた。ぼくは私立探偵なんだ。誕生日もバレンタインデーじゃない。ジョニーのことを知りたい」
「ジョニーはもう死んだのよ、12年前に…。さあ、帰って下さい」と言うとマーガレットは席を立って玄関ドアの方へ歩き出す。
ハリーはあとを追い「おかしな男が何を探りに来たのかと思って、迷惑がる気持ちは分かるけど…」
「私にとってジョニーはもう死んでるの」
ハリーは彼女の左耳にかかる髪を撫で、同情するように「傷つけられたんだね」
「誰にでも傷はあるわ」マーガレットはドアを開く。
「事情は分からないが、君を手放すなんてバカな男だ」
「ウソや冷酷さが平気な人間もいるのよ」話を切り上げるために、握手の右手を差し出す。
ハリーも右手を出して握手をする。「手相を見てもらえなくて残念だよ」
マーガレットは握っていたハリーの手をとって、さっと手相を見る。
「いい手相じゃないわ」
「美しいネックレスだ」マーガレットのネックレスがアップになる。そこには逆ペンタグラムが刻まれている。
部屋を出ていくハリー。

ハリーは、彼女の前では、まるで憧れの女性を前にした少年のようです。
ジョニーの生年月日で彼女の反応を見ようとして、相手が怒ってると分かったら、謝ってしまうあたり。男を脅すやり方に比べたら甘いですよね。それがハリーという男の優しさでもあるし、かわいいところでもあります。

「ウソや冷酷さが平気な人間もいるのよ」ジョニーのことを言っているのか、さまざまな人の運勢を見てきて、悟りに近い心境から出た一般論なのかは分かりません。でも他人を寄せ付けない、心を閉じているような彼女の雰囲気から、心に深い傷を負っているのだろうとは予想がつきます。
ハリーとの別れ際に見えるネックレスのアップで、ペンタグラムが逆位置になっている「悪魔崇拝者」の印を目にします。サイファーと同じ文様のアクセサリーをしていることに、ハリーは何か気づかなかったのでしょうか。無意識には当然気づいていたはずです。もしかしたら彼女への想いも、少しは残っていたのかもしれません。

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