キューブリックのシャイニングを解明する[1]

原作者を怒らせた映画版「シャイニング」だが

スタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」は、あまたあるホラームービーの中でも、最高・傑作・ベストといった言葉が贈られる作品です。

反面、原作者スティーブン・キングからは〈これではエンジンのない高級車だ〉と酷評。

主人公の息子に対する父性と自尊心の危うさが、邪悪な意志につけこまれて狂気化し、愛する家族を恐怖のどん底に陥れていく葛藤。特殊能力シャイニング(予知能力)を持つ息子ダニーが恐怖を予知していながらも父親を愛するけなげさ。
こういったウェットな部分を映画ではすっぱり切り捨てられてしまい、ただの恐怖映画になってしまったと激怒。

よほど納得がいかなかったのか、原作者のキングは、キューブリック版から17年後、自ら脚本を書いた映像版「シャイニング」を作ることになります。これは米ABCで放映された90分×3回のミニシリーズで、ウェットな部分が十分に描かれているばかりでなく、ホラーでありながらラストで泣かせる展開に変更されています。
キング自身、大人になったんだなぁ、と感じました。とは言っても映像表現による恐怖という点では、巨匠キューブリックが映画化したものに軍配があがるばかりでなく、やはり傑作です。

「シャイニング」への思い入れを書き残しておきたくて

これから映画「シャイニング」を、高瀬鎮夫氏の字幕を拾いながら、僕がどう読み取ったかを書き残しておこうと思います。

ものすごく好きな作品です。何度も観返してきた作品です。優れた映画がそうであるように、観た年齢によって、少しずつ違った印象を与えてくれた作品でもあります。

45歳でうつ病になっている今、いつか書いておかなくてはと思っていた「シャイニング」についての思い入れを行動にうつす時だという使命感を突き動かされました。狂気が自分にも宿っている今、ジャックの狂気と共鳴できるかもしれない。おおげさですが、そう感じたのです。

「シャイニング」には143分版と119分版がある

キューブリック版の「シャイニング」には、3つのバージョンが存在します。

アメリカ公開前にプレミア上映された146分版が1つめ。そこからラストシークエンスをカットして、現在観ることができる長尺版/アメリカ公開版(以下143分版)が2つめ。その後イギリス公開用に再編集して119分となったものがコンチネンタル版と言われる3つめ。日本公開されたのも現在Blu-rayで買えるのも、このコンチネンタル版です。

アメリカ公開用にオリジナル版を短く再編集されてしまうケースをよく聞きますが、この作品は逆なんです。ファンは143分版を決定版としていますが、完璧主義者のキューブリックが最終編集版としている119分のコンチネンタル版の価値をしっかり評価したいところです。でも、です。持続する緊張感を優先させ、テンポがよくなっている反面、設定上重要とされる説明的なシーンがカットされているのが、はたして映画として正解だったのかおおいに疑問が残ります。

理由は説明的だったから、なんでしょうか。「2001年宇宙の旅」でも当初入っていたナレーションをカットして、難解で得体の知れないものをよしとして、映画を神格化させることに成功した監督ですから。
ちょっと分かりにくいかもしれませんが、グラフィックデザインやWEBデザインで、イメージ性の強い写真が欲しいとなった場合、「できるだけ説明的にならないよう画像をトリミング」することで、イメージ性が高まるというテクニックがあるのです(秘訣)。それを映画に摘要しているのかもしれません。

ではこれから143分版をベースに映画を語っていきます。
119分版でどこがカットされてしまったかも、紹介していきます。

オープニング

雄大で美しい山間部を走る1本道を、飛ぶ鳥の目線で上空から追っていく。重苦しい音楽。このミスマッチな映像の力で、映画版「シャイニング」はいきなり異様な緊張感を強いてきます。
この大自然の先に、舞台となるオーバールック・ホテル(字幕では展望ホテル)が建てられています。
このホテルがどれほど人里から離れた場所にあり、孤立しているか思い知らされます。
この後映画は徹底的に閉鎖空間の中で展開していきます。ホテルの中、部屋の中、迷路の中。常に壁のある空間に人が置かれています。出だしの大自然はそのギャップをより強調させるものになっています。

インタビュー

最初のパートは、主人公ジャック(ジャック・ニコルソン)が、オーバールック・ホテルの冬期管理人に採用されるまでの面接の様子が描かれます。
狭い総支配人室。壁はサーモンピンク。デスク越しの総支配人と向かい合って座っているジャックの切り返しが、ひたすら続く展開。画面サイズは固定。単調な画面。あえて変化を抑えた画面によって、注意をそこで語られている会話の内容に向けろということでしょうか。
この物語の基本設定を会話で説明するこのパート。イントロダクションとしては乱暴な手法ですが、「インタビュー」というテロップが最初に出ることによって、Q&Aで進行するスタイルであることを予告します、というか強要します。

──支配人室にマネージャーのビルが入ってくる
支配人:ビル、トランスさんだ。冬の間、このホテルを管理する。あとで全部案内してくれ。
──ジャック・トランス、ソファから立ち上がりビルと握手を交わす。そこに支配人が「彼は教師だ」と付け加える。
ジャック:もうやめました。(今は?)作家です。教師は単なる生活の手段で。
ビル:環境が変わる…。
ジャック:変えたいんです。
支配人:この人はデンバーのスタッフの推薦でね。どこまで話したかな…。
ここは5月15日から10月30日まで営業、その後、翌年の5月まで閉鎖だ。
ジャック:なぜ閉鎖を?スキーにも絶好ですよ。
支配人:だが雪で道が通れなくなる。町まで40キロ、積雪は約6メートル。除雪の費用だけでアシが出る。着工は1907年、スキーは流行してなかった。人里離れた自然の美しさが売り物だった。
ジャック:今でも同じです。

/──119分版はここから面接シーンが始まります──/
支配人:ここでの生活の様子は聞いたか?
ジャック:ざっと。
支配人:冬の寒さは想像を超える。雪の被害を最小限にとどめるのが仕事だ。ボイラーを燃やして、毎日違う場所を暖める。被害が建物全体に及ばないようにする。
ジャック:分かりました。
支配人:労働としては軽い。つらいのは冬の5カ月間孤独と闘うことだ。
ジャック:それはかえって好都合です。今、新作を考えてます。静かな環境が欲しかった。
支配人:それを聞いて安心した。人によってはその孤独に耐えられない。それが問題だ。
ジャック:大丈夫です。
支配人:奥さんや息子さんは?
ジャック:(ひときわ好印象を与えようとするような笑顔で)大丈夫です。
支配人:では、ビルに案内させる前に…、もうひとつ話しておくことがある。
脅かす気はないが、この話でシリ込みする者もいた。
ジャック:(笑顔をキープしたまま)それは?
支配人:聞いてないだろうな。1970年の冬の悲劇を。
ジャック:聞いてません。
(ビルが無言でジャックの方へ視線をうつす)
支配人:私の前任者が冬の間の管理人に、グレーディという男を雇った。妻と2人の幼い娘がいた。勤務成績もよかったし、ごく普通のまじめな男だったらしい。
だが、冬の間にすっかり神経がまいってしまった。急に暴れ出して…(言いよどんで)斧で家族を殺した。その死体を西側の部屋に重ねて、自分は猟銃を口にくわえて自殺した。警察は”昔でいうキャビン・フィーバーだ”と。一種の閉所恐怖症らしい。長い間閉じこめられたからだ。
ジャック:(複雑な表情となり)すさまじい話ですな。
支配人:(笑い飛ばすように)まったく、そんなことがここで起きたとはな。だが事実だ。なぜこの話をしたか分かるね?
ジャック:ええ、分かります。なぜデンバーの人間が話さなかったのかも(最後は笑顔で)
支配人:人によっては、ここでの孤独な生活はムリなのかもしれない。
ジャック:ご安心を。私にそんなことは起きません。妻もこの話を聞けば、きっと面白がると思います。何しろ妻は、幽霊や恐怖映画が大好きですから。

 

原作は置いておいて、映画での基本設定は以上です。
ジャックはすんなり採用されます。

ジャックの帰りを家で待つ妻のウェンディと息子のダニー。
ダニーは左手の指を動かして、トニーと会話しています。
このトニーの存在。原作ではダニーにだけ見える幽霊のような存在だったのが、映画では指人形遊びみたいな表現になってしまったことに軽い失望をうけました。トニーの存在は、映画ではたんなる〈イマジナリー・フレンド〉になってしまっています。

父の帰りを待ちながらも、ダニーは「行きたくない」と言ってるトニーに「頼むよ」と哀願します。ダニーは、新しい仕事を得た父親のことを想ってる優しい子なんです。
そんなダニーにトニーはあるイメージを見せつけます。ホテルのエレベーターから大量の血があふれ出し、血の波が激流となって押し寄せてくるイメージを。さらに一瞬、不気味に並ぶ2人の女の子のイメージも見ます。声も出せず絶叫するダニー。

119分版では不安な音楽がここでピークとなり「ホテル閉鎖の日」テロップが出る。
以下のシークエンスはまるまるカットされてしまいました。

カットされた女医診断のシーン

/──119分版ではカット──/
暗転で声だけが聞こえる「目を動かさないで」
ベッドに寝かされたダニーを女医が診察している。奥に手を組んで心配そうにウェンディが立っている。
「今度はこっちの目…」女医はルーペでダニーの目をのぞき込んでいる。「いい子ね」
ベッド脇に座った女医は、やさしく笑顔でダニーに語りかける。
「歯を磨いていた時、変なにおいがしなかった?まぶしい光か、不思議なものは見なかった?」 ダニーはなにか言いたげだが、黙って女医の顔を見つめたまま「歯を磨いていたことは?」という問にだけ、「うん」とだけ小さく答える。
女医:そのあとは何か覚えてる?
ダニー:(少し考えてから)ママが”起きなさい”って。
女医:歯を磨く前は何をしてたか覚えてない?
ダニー:トニーと話を。
女医:トニーって誰?
ダニー:ぼくの口の中に住んでる子。
──立っていたウェンディ「空想の親友です」
女医:口を開ければ見える?
ダニー:……。
女医:なぜ?
ダニー:隠れてる。
女医:どこへ?
ダニー:おなか。
女医:あなたに命令するの?
ダニー:(視線をはずして)トニーの話はやめて。
女医:そう。もういいわ、ダニー。
持ってきた診察道具を片付けながら「お願いがあるの。今日はゆっくり休みなさい」
ダニー:命令?
女医:いいえ、お願いよ。
ウエンディ:あちらの部屋でお話を。済んだら戻るわ。

居間に移動してから、女医とウェンディがソファに座って──
女医:奥さん、ご心配はいらないと思います。体に異常はありません。
──ほっとした表情になるウェンディ。
ウエンディ:見たところ元気ですけど、でも心配で。
女医:ご心配なさるのも当然ですけど、よくあることで、実際より悪く見えるのです。
ウエンディ:でも原因は?
女医:こうした子どもの心理は、今でもナゾです。原因は情緒的なもので、長続きはしないでしょう。自己催眠のような自己誘導による催眠状態です。万一長く続くとしても、いずれはなおるでしょう。
──ウェンディ、タバコを箱から1本取り出し、女医にも勧めるが断わられてテーブルに置く。
タバコを咥え、不器用な手つきでライターで火をつける。「そうですか」
女医:こちらは長く?
ウエンディ:3カ月前、主人が教師をやめてこちらへ。
女医:ダニーの空想の友人は…ここに来てからですか?
ウエンディ:いいえ。確か…、トニーと話し始めたのは、保育園のころでした。
女医:どうでした?
ウエンディ:最初は学校嫌いでした。ケガをして、うちで静養して…。多分、そのころからトニーと話を。
女医:どんなケガを?
ウエンディ:肩の脱臼です。
女医:どうして?
ウエンディ:(手に持ったタバコを一度吸ってから、言いにくそうに)それは…よくあることですわ。ただの事故です。主人がお酒を飲んで遅く帰ってきました。その晩はかなり不機嫌でした。ダニーの落とした原稿用紙が部屋中に散らかり、主人はダニーの腕をグイと引きました。公園や道路で親が子供によくやるでしょう。でもそのときは主人の力が強すぎて、ダニーの肩がはずれたんです。でも主人はすぐに約束してくれました。”もう酒は飲まない。飲んだら離婚する”それから5カ月の間、一滴も飲んでません。
/──カットここまで──/

 

ここもジャックの面接シーンと同様、同じ画面サイズで切り取られた人物の切り返しが続く退屈な展開。でもまるごとカットは少々乱暴なんじゃ?途中のセリフをいくつか抜いて、たんに短くするだけではダメだったのかと。ダメだったんでしょうね、キューブリック的には。
ジャックがダニーにケガをさせたこと、禁酒していることは、後半ホテルのバーカウンターでジャック自身が語るまで119分版では分かりません。退屈で情報量が多いこのパートの内容、伏線だらけではあるんだけど、後半に至るまでには忘れちゃってるだろうという判断だったのかも。

次章「ホテル閉鎖の日」は、スタッフがホテルから慌ただしく去っていく中、到着したジャックの家族がホテル内を案内されるパートです。ここでも流れのテンポをよくするために、119分版ではカット単位で省いたり短くしたりといった再編集がされています。

初出:2009年07月16日

カテゴリー: 「シャイニング」を解明   パーマリンク

コメントは受け付けていません。