集団心理の恐怖「ミスト」[3]

ラスト15分には触れませんが、それまでの展開でネタバレがあります。これから観ようと思う人はご注意ください。

ここから出る理由

ジョーという男が虫を叩き殺した最中に不意をつかれ、後ろから虫に噛まれた。人間にはあの虫の免疫がまったくないのだろう。サリーは顔を醜く腫らして窒息するように死んでいったが、ジョーも顔が焼き爛れケロイドになって横にされていた。
またアマンダとともにデヴィッドの息子ビリーの側についていた女性ハティが、ひっそりと薬を飲んで自ら命を絶っていた。
アマンダ:(デヴィッドに確かめる)ここを出るの?
デヴィッド:まず、ジョーのため薬局へ行き、薬をとってくる。でないと彼の命はない。
その後…僕の車は8人乗れる。ガソリンの限り、霧が晴れるまで南へ走る。
──小さく顔を横に振るアマンダ
ダン:それだけ?それが計画か?
デヴィッド:そうだ。
アマンダ:ダメよ。ノートンたちを見たでしょ?
デヴィッド:彼らは店から60メートル以上離れた。ロープの長さで分かる。僕の車はもっと近い。
アマンダ:霧の範囲も不明よ。東海岸全体かも。
デヴィッド:世界中かもしれない。死の危険は同じだ。
ダン:銃は一丁。弾丸は?
オリー:あと10発、たった10発…
デヴィッド:脱出したい一番の理由を言おう。あの女だ。カーモディ。(アマンダ、そんなことで?という顔になる)宗教狂いのイカレ女。みんなを煽動する前に逃げよう。
オリー: 賛成だ。怯える連中は彼女に従う。
アマンダ:頭がおかしいのよ。彼女に従う人なんて…
デヴィッド:すでに4人いる。昼には8人になる。夜、また怪物が現れれば、”信徒の群れ”になる。そして、誰かを生贄にしようと言い出す。君かもしれない。それとも息子か。
ダン:そのとおり。
アマンダ:人間を信じてないのね。
ダン:信じられんよ。
アマンダ:それは違う。人間は生まれつき善良だわ。(力をこめて)ここは文明社会よ。
デヴィッド:都市が機能していればね。でも、ひとたび闇の中に置かれ、恐怖を抱くと、人は無法状態になる。粗暴で原始的に。
ダン:恐怖にさらされると、人はどんなことでもする。”解決策”を示す人物に見境もなく従ってしまう。
アマンダ:オリー、味方になって!
オリー:人間は根本的に異常な生き物だよ。部屋に2人以上いれば、最後は殺し合うんだ。
だから、政治と宗教がある。
アマンダ:その考え方は間違ってるわ。
デヴィッド:今、決める必要はない。まずは薬局へ行ってからだ。これはトライアルだよ。

リベラルなグループの人たちは、群集心理を分かっています。イラストレーターのデヴィッドには想像力があります。そしてオリーは、元射撃のチャンピオンだったのが今ではスーパーの店員をしていることから、人生や人間の不条理さを肌で知っているのかもしれません。外敵よりもビリーを生贄にするかもしれない、カーモディの存在を恐れる男たちに、アマンダは〈性善説〉を訴えます。彼女の理性は、人生経験からでなく頭の中の知識から生まれてくるものなのでしょう。

ところで思うのですが、冷静に状況を読んでいるような彼らであっても、判断をデヴィッドの意志にゆだねるのはどうなのでしょう。ダンが言うように、混乱と不安の中に置かれると、迷いのない者が解決策を握っているように感じてしまいます。なんだかんだ、リベラルな人たちも、車で逃げるというプランを持ち出したデヴィッドについていこうとします。
そのデヴィッドについては、息子を置いていっても薬局に行くことが、そんなに大切なのでしょうか。疑問に感じるところではありますが、瀕死のジョーに対して「なんとかする」との約束を果たすことに、純粋に応えようとする性格だから、ああいうラストを迎えることになったのだなと、後から考えると納得させられます。

デヴィッドとビリー

贖罪(しょくざい)

スーパーマーケットの隣に建っている薬局へ、必要な薬を取りにいくことにしたデヴィッドたち。
「奴らを連れてくる気?」と止めるカーモディに、デヴィッド派の老教師は缶詰を投げつける。
薬局はすでに蜘蛛の化け物に支配された闇の空間と化していた。
人間は糸で絡め取られ、まだ意識があったMP(軍警察)の男は「すまない。どうか許してくれ」と言うと、全身が痙攣しはじめ、倒れた込んだ途端、背中から無数の小さな蜘蛛を吐き出した。蜘蛛の化け物が吐き出す糸は、触れると焼け溶ける凶器だ。
──蜘蛛の化け物に支配された人間って、まさに『デビルマン』の世界ですね。
命からがら薬を持って店に戻ってくると、デヴィッドはスイッチが切れたように眠りに落ちた。

目が覚めると、カーモディが独裁者のように迷える人々を煽動していた。

カーモディ:魔物を食い止めるには?どこに隠れても、奴らから身を守れない。何が必要?
信徒ら:贖罪(しょくざい)!
(電気工ジムもカーモディ派に加わっている)贖罪!
オリー:「セサミ・ストリート」だ。今日の単語は”贖罪”。
ジム:ハレルヤ!ハレルヤ!
ダン:薬局から戻り、ジムは異常に。精神バランスが崩れた。
アマンダ:このことが起きてから2日も経ってないのに…
オリー:これ以上、いたくない。食料品を袋に詰めて、出口に近いレジに隠す。
ダン:君の車で行く。決めるのは君だよ。
アマンダ:ここで死を待つよりマシだわ。

デヴィッドは、薬局で聞いたMP(軍警察)の言葉が気にかかる。その場にいた老教師とダンも。
「すまない、許してくれ。俺たちのせいだ。」どういう意味だ?

サリーと想いを通じ合わせたばかりなのに、彼女を失ってしまった若い兵士。デヴィッドはその若い兵士に問いかける。この異常な状況は、軍が何かしたせいなのか、と。「知りません。関係ない」という答え。他の2人の兵士は知っているかもしれないと思うが、先ほどから2人の姿を見かけない。探して倉庫へ行ってみると、2人並んで首を吊っていた。
「”命を絶つ”と言ってたが、まさか本気とは…。あのMPの話をしたら、”死にたい”と。本当にやるとは。」
兵士はうろたえていた。そこへカーモディ派に寝返ったジムが現れ、兵士の襟元を掴むと、乱暴に店内に引きずりだした。
「こいつらが、災いをもたらした!神の怒りを呼び覚ましたんだ!」
デヴィッドが何とかしようと前に出るのをオリーらが止める。みんな真実を知りたいのだ。

──カモーディはうなだれる兵士の顔をあげさせる。兵士は泣いている。

カーモディ:ジェサップ2等兵。
兵士:僕は…ただ基地に配属されただけ。何の責任もない。地元生まれだし、みんなと顔見知りだ。
カーモディ:臆病者の泣き言はおよし、舌を切ってやる。話すんだよ!
兵士:……。噂を聞いた。
カーモディ:噂?
兵士:全員が噂を耳にした。異次元というものが存在するとか。この世は、その異次元の世界に囲まれていて、そこに”窓”を開けて、観察するんだと。

──カーモディばかりでなく、動揺する人々

カーモディ:あなたが”窓”を”扉”にした。
兵士:科学者たちだ!
カーモディ:科学者?
兵士:僕じゃない。事故で、向こうの世界がこっちに来たと、首を吊る前、仲間が言ってたけど、僕には理解ができなかった。僕のせいじゃない。
カーモディ: 彼のせいじゃないそうよ。

──涙をうかべて、その言葉の反応を待つ兵士。

カーモディ:何も、誰のせいでもない。責任を否定するくせに、他人を非難する。
(兵士に向き直って、まっすぐ指を差し)裏切り者のユダめ!
(デヴィッドに向かって)そう、あなた。まだ分からない?真実が見えない?私たちは罰を受けている。
(兵士のあごに手をやって)神のご意志に背くことをしているから。禁じられた神の古き掟を破っているから。
月面を歩いたり、原子を分裂させたり、幹細胞の研究や、中絶!生命の神秘を破壊する。
神だけに許された世界への冒涜よ!
──ジムを筆頭に拍手がおきる
カーモディ:だから罰を受けている。
神の審判が下ったのよ。地獄の魔物が解き放たれた。燃える星が、天から落ちてきた。
彼のせいよ(兵士を指さす)
兵士:違う、僕じゃない!(必死に言い返す)
カーモディ:彼らがやった。神を冒涜したのよ!

この場から逃げ去ろうとした兵士を、囲んでいた男たちが取り押さえる。兵士は集まった人の前へ押し出されていく。だれかが殴りつけた。
よろめいて倒れかかるところを向き直ると、今度は…腹にナイフが突き刺さっていた。
兵士は大男に抱き寄せられ、何度も何度も腹に包丁を突き刺される。

──カーモディが一段高いところ登り、ハイテンションになって煽動する。

カーモディ:魔物にくれてやるのよ!
人々:贖罪!贖罪!
カーモディ:魔物に血のニオイを嗅がせてやる!

──動けぬ兵士は仰向けで男たちにかつぎあげられていく。
人間ストレッチャーで運ばれていく腹を血で染めた兵士。このまま生贄にされてしまう絶望の叫びが、延々と続く。

──デヴィッドのまわりに来た老教師は、座り込んで両耳を塞ぐ。

兵士はドアの外に出されそうになるのを、ヘリを掴んで必死に抵抗するが、男たちの力の方が勝っていた。放り出されて慌ててドアに駆け寄る兵士だが、目の前でドアには鍵をかけられてしまう。泣き叫び、血で染まった手でドアを叩く兵士。ガラス1枚隔てたドアの向こうにいる男たちは、無表情にただこっちを見つめかえしている。兵士の後ろに、巨大な化け物が近づいてきている。
兵士は涙ながらに店内の人々に訴える「お願いです」
それは一瞬だった。兵士の背中を触手が突き出すと、伸ばしたメジャーが巻き取られていくかのように体が霧の中へ飛んで消えていった。ガラスには、真っ赤な兵士の手形だけが残った。

担ぎ上げられる兵士

この霧がなぜ発生し、化け物が現れたのか。兵士の口から謎が明かされます。基地で耳にした〈噂〉として。
人々の怒りは彼1人に鋭い刃先のように向かいます。〈責任〉でいえば、彼に責任がないことは明確です。しかし彼が属する軍の科学者が引き起こした、神を冒涜するかのような実験が原因なのも明白です。彼の責任ではないけれど、同じ組織に属していた人間という意味で、彼は犯人の一味とも言えます。

この部分、すごく重要だと思いました。みなさんはどう感じましたか?
カーモディの煽動による群集心理。それだけではないですね。これは、企業の悪しき慣習を見過ごして組織に順応すべきか、自らの倫理観に従って内部告発すべきだったのか、という問題に近い話だと思いました。悪しきことだと分かっていて見過ごすことは罪なのだという、現実としては厳しい考え方。
厳しいことなのですが、他人事であるなら、世間は個人の犯罪であっても属した組織のイメージをダウンさせてしまうものです。

基地に配属されただけの若い兵士に、軍の極秘プロジェクトをどうにかできるとは思えません。でも首を吊った2名の兵士は、罪の重さを分かっていました。
男たちに担ぎあげられ、処刑台(=ドアの外)に運ばれていく兵士の絶望的な叫びには、なぜか宗教的な絵画を見ているような気持ちにさせるものがありました。
贖罪ですね、まさに。キリスト教でいう”贖罪”は、すべての人間の「原罪」をたった一人であがなうため、十字架に磔されたジーザスのこと。兵士も軍の傲慢な過ちを1人で背負わされ、今夜も来るかもしれない化け物の襲撃から店内の人々を救うことになりました。自らの意志ではないけれど。自分の行いに下された理不尽なまでに重い責任をとって。

もし自分があの中にいたら、どういう行動をとるだろう?その時自分はリーダーを選んで参加するのか、何も行動せずに状況を見守っているのか。
自らの行動には責任が伴います。そんなこと分かってます。日常だったら、謝れば済むことがほとんどですから。でも生命の危機が迫った状況だったとしたら、1つの選択が命の危険にかかわります。当然、自分では正しい判断だと確信しています。でもそれがもっと広い視野の中で見た場合、本当に正しいことなのかは分かりません。
もっと広い視野って誰の視野でしょう。それこそ神の視点?。

映画『ミスト』は、中盤までのパニック・ホラーの体裁から集団心理の怖さへ、そして自分の下した決断であるなら、どんな結果であっても背負っていかねばならないことを突きつけてくる、思いも寄らない厳しさを突きつけてくる作品です。霧の中をさまよって、突然現れてきた大きな化け物に、すでに串刺しにされていたかのような、理不尽さを残して。

──デヴィッドはビリーの隣で眠っている。
ビリー:パパ。
──デヴィッド、目を開くと、自分のことをじっと見ているビリーがいる。
デヴィッド:お前を一人にして悪かった。二度と置いていかない。
ビリー:約束してくれる?
──デヴィッド、小さく頷く。
ビリー:とても大事な約束をしてほしいの。絶対に破らないって、約束して。
デヴィッド:言ってごらん。
ビリー:僕を怪物に殺させないで。絶対に 何があっても。
デヴィッド:(優しい目になる)約束する。
ビリー:大好きだよ、パパ。
デヴィッド:愛してるよ、ビリー。何よりも。(目が涙で潤む)

そして、デヴィッドの仲間は、ここを出て行く計画を実行しようとする。
オリーが、秘かに食料品を詰めた袋を5つ、2番レジの下に隠しておいてくれたはず。
まだみんな眠りについている夜明け。デヴィッドらはこっそり起き出し、2番レジにやってきた。しかし、そこには何も置いてない。視線を先に持って行くと、カーモディが包丁を片手にしてイスに座って見張っていた…。

デヴィッドたちは無事にスーパーマーケットから脱出することができるでしょうか。脱出できたとして、霧の中、どこまで逃げ通せることができるでしょうか。
つづきは映画をご覧ください。機会があれば、つづきを話し合いましょうね。

MIST 日本版ポスター

日本版ポスター

MIST US版ポスター

US版ポスター


右のUS版ポスターは、劇中のデヴィッドが描いていそうなイラストポスターですね。映画の雰囲気は日本版の方がしっくりくるのですが、ヒューマンドラマっぽいイメージで売りたい戦略がどうかなー?

ミスト (原題:The Mist) 監督・脚本:フランク・ダラボン 出演:トーマス・ジェーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ローリー・ホールデン 2007年/アメリカ映画/125分 >>公式サイト >>IMDb

初出:2009年08月14日

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