「ノーカントリー」レビュー
「ノーカントリー」って邦題は乱暴じゃね?
ヘンな髪型のギョロ目男〈シガー〉がテキサスの荒野で会う人間を次々と殺し、麻薬取引が失敗した現場から大金を拾い帰った中年男がひたすら逃亡していくバイオレンス・ムービー(ホラー・ムービーじゃない)。
でもそれだけじゃない。昔の人間だから目の前で起きている不条理な殺人や暴力を理解できないのではなく、実はずっと昔からこの地(国)には不条理な死が脈々と受け継がれていて、そんな大地のような存在に人間1人が立ち向かおうなんて無理!というあきらめに似た老保安官の心情が、原題「No Country for Old Men」つまり〈ジジィらに住む国はねぇ〉に込められている。
暴力・良心・時代についていろいろ考えさせられる、味わい深い傑作です。
それを「ノーカントリー」だけにしちゃった日本語タイトルって、ある意味不条理な乱暴を体現しようとしてる?(笑)
これまでのコーエン兄弟作品が伏線のように感じる
映画は、荒涼としたテキサスの風景を次々と見せながら、保安官のモノローグで始まります。
テキサスの風景+男のモノローグって、コーエン兄弟のデビュー作である「ブラッド・シンプル」と始まり方が同じですね。
コーエン兄弟の作品といえば、映画通が好む熟成された映画術とすっとぼけた味つけが特徴。ところがこの「ノーカントリー」、すっとぼけたところをそぎ落とし、映画のうまさが際立った作品となりました。低予算インディーズムービー「ブラッド・シンプル」とは比べものにならない程完成度が高い。それでいて「ブラッド・シンプル」からつづくコーエン兄弟テイストはちゃんと生き続けています。というか「ファーゴ」などこれまでの金と殺人系作品がいろんなカタチで伏線となって、「ノーカントリー」に至っていると言えるかもしれません。
異様な殺人鬼シガーの存在感はすごい
舞台は1980年代のテキサス。この映画は、麻薬取引の大金を拾ってしまったことから追われる身となるベトナム帰還兵ルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)と、それを追う殺し屋なのにただの殺人鬼にしか見えないシガー(ハビエル・バルデム)、そして現代の凶悪化していく犯罪にとまどいを隠せない老保安官トム(トミー・リー・ジョーンズ)の3人が軸となって展開していきます。

ひときわ強い印象を与えてくれるのは、殺し屋シガー。
ギョロとした目をまったくまばたきさせず、長身でヘンな髪型。その容姿だけでも十分コワイものがあります。そして圧縮空気のボンベとそこから伸びたホースの先端がエアガンとなった、見慣れぬ武器を持っています。それを使って人の額やドアノブの鍵部分を打ち抜いちゃうんです。なんだ!?これは!
途中で語り部でもある保安官が、食肉工場の話を語り出し、その武器が何であるかが分かるんですね。昔は牛の頭を金槌で叩いてつり上げて首を裂いていたんだけど、吊り上げた牛が縛られたまま暴れ出したことがあったと。今ではエアガンで、鉄のボルトを頭に撃ち込み、牛は瞬時に死ぬようになったと。
ああ、それをシガーは持ち歩いてたのか。
シガーはサイレンサー付きのショットガンも持ってるけど、圧縮空気ボンベのエアガンを使うときは、相手がまさかそれが武器とは思わないので、至近距離で呆気にとられた表情で打ち抜かれちゃうんです。唐突な死をもたらすコワイ武器です。
シガーは、殺すためだけに現れるから、ある意味「エルム街の悪夢」のフレディみたいな存在かも。でなければ都市伝説になりそうな存在。
銃撃戦で負傷しても、薬局前に停めてある車を爆破して、店内の人間がパニックになってる間を通り抜け、奥の棚から必要な薬類一式を持ち去り、ホテルで一人淡々と麻酔やら化膿止めやらの注射を打って傷縫ってるんですから。
「ノーカントリー」は、2007〜2008年のアカデミー賞他世界中の映画賞をさらっていった作品ですが、このシガーを演じたハビエル・バルデムもおびただしい量の助演男優賞をもらっています。
緻密な演出で浮かび上がるルウェリンという男
たしかに。たしかにシガーはとんでもない存在感でしたが、僕は大金を持って逃げるルウェリン・モスを演じたジョシュ・ブローリンを評価したい!
一見ふつーの中年男にみえるルウェリンの行動1つ1つが、とんでもないことに巻き込まれながらも、その状況に立ち向かっていける意外さにつながっていき、男らしいぜぇこいつ、と惚れ込んじゃうんです。
コーエン兄弟の緻密な演出のなせる技でしょうけど、それに十分応える演技だったと思います。
ルウェリンが映画に登場するのは、荒野でシカに似たプロングホーンを狩るために銃を狙っているところから。

一発撃って仕留めたと思ったのに、プロングホーンの群れは逃げていってしまった。
その群れを追って歩いていくと、ふと地面に血の跡が目に入る。望遠鏡を取り出しその先を見てみると、1匹の黒い犬が一瞬こちらを振り向きびっこをひいて逃げ去っていく。しばし考えこんでから、その犬の血の跡を沿って歩いていくことに。すると5台の車と死体が転がった銃撃戦の跡に出くわす。用心深く近づき現場をみてまわり、ある車のドアを開けた途端、とっさに銃を構える。
男が1人、まだ息絶えずに車のシートに座り「水を…」と語りかけてきた。ルウェリンは銃を構えたまま男に近づき、まずシートに置いてあった銃を取りあげてから「水はもってない」とだけつぶやく。そして車の荷台にまわり覆ったシートの端をあげると、そこには大量に積まれた麻薬。
もう一度シートに座った男に尋ねる。「この撃ち合いで最後に残った者はどこだ? 俺なら来た方向に逃げる。」瀕死の男は何も答えず「ドアを閉めてくれ。狼(ロボ)がくる」とだけ。ルウェリンは、ドアを開けたまま「ロボはこない」と惨状の現場から歩き出し、最後の一人を見つけようと再び荒野に出た。「見張ってるなら、きっと木陰だ」と木陰を見つけ、かなりの距離をとって望遠鏡で木の様子を見る。男が木陰にもたれかかっているのが見える。そこで腕時計を取り出し、時間を確認する。しばらく様子をみながら待ち、再び時間を確認すると、望遠鏡を置き、持ってたライフルではなく瀕死の男から奪い取った銃を手に、木陰で微動だにしない人影に近づいていく。
…その男も絶命していた。ルウェリンはまず男のシルバーの銃を奪い、傍らに置いてあるボックス型のバッグを調べてみる。大量の札束。麻薬取引の失敗が、この何もない荒野で起こったのだ。なにも言わず、ルウェリンはバッグを手に持ち、車で帰宅する。
この6分ほどのシークエンス。効果音はなく現場音のみ。セリフもほとんどない。
なのに、退屈することなくものすごい緊張感と雄弁さ。
ルウェリンという中年男のものすごい用心深さと、死体を前にしても動揺しない冷静さが表現されてます。この男、何者でしょうね。猟をする男の慎重深さなのか、テキサス男の気質なのか。
事件に巻き込まれるきっかけはバカなことだけど
トレーラーハウスに戻ったルウェリンは、テレビを見てる妻の隣に座り、たわいもない会話を交わす。そして夜、ルウェリンはベッドから起き出してポリタンクに水を入れ家を出る。妻に「バカなことをしに行くのさ」と言って。
真っ暗な荒野に車を停め、地図をみながら昼間のあの現場の位置を確かめ、近くまで乗り付ける。水の入ったポリタンク。「水をくれ…」と言っていたあの男は、もう絶命していた。その時、停めた車に横付けする車が現れ、ルウェリンをねらい撃ってきた。走って逃げようとする跡を車が追ってくる。肩を撃たれた勢いで、川辺に落ち、そのまま川に入って追っ手の目をくらまそうとするが、相手は犬を放ち、川からあがったルウェリンに襲いかかった。
夜寝る前に、昼間の自分の行動が気になって、こんなバカなことをしにいきそうになることってありますよね?ないですか?
事件に巻き込まれる発端が、気持ちは分かるがバカなこと、というのがいいじゃないですか!そして、薄暮の川のシーン。ものすごーく美しいんです。このシーンみた時思いました。「やべぇ、これ傑作だわ」
冒頭のテキサス荒野の夜明けの風景からして、隙のない画面を見せ続けてくれたこの映画、出だし20分で★★★★決定。
襲いかかってきた犬を銃で撃ち抜いちゃうんだけど、一瞬うつる死んで倒れた犬がどうみても作り物ってところは、コーエン兄弟の「かくし味」かな(笑)
男気あるルウェリンの正体は…
さて、逃げ帰ったルウェリンは、妻にすぐ実家へ帰れと指示して、傷の応急手当をします。「”許してくれ”なんて言わないでよね」という妻に対し、「起きたことは、元に戻せない」とだけ返すルウェリン。
くー、なんかこのセリフにすごい「男」いや「漢」を感じました。
誰の助けも借りず、後悔もせず、ただひたすら慎重に前進していく。
この時点では、まだ相手がとんでもない殺人マシーンのような男だとは分からないのですが、それが分かってきてもなお、その姿勢を貫こうとするルウェリン。かっこいいです。
やがてこのルウェリン、なんでこんな臨機応変な戦闘能力があるんだろ?ってのが、ベトナムに2度行ってるってことでわかってきます。
よくある、実は引退した殺し屋だったとか、マフィアだったという展開ではなくて説得力があります。
行動を積み重ねて見せていくことで、ストーリーを引っ張っていきつつ、ああそうだったんだという設定が中盤以降に明かされる構成がうまい。
保安官トムことトミー・リー・ジョーンズにほっとする
追われるルウェリン、追う不気味なシガー。とんでもない戦いになっている2人をよそに、老保安官トムはのーんびりした田舎の保安官として「とんでもない展開」を遠巻きに副保安官と捜査したり、ルウェリンの妻と接触してルウェリンの保護を説得したりしています。なんだか「BOSS」のCMに出てくる宇宙人ジョーンズ演じるトミー・リー・ジョーンズの延長にあるような存在です。
緊張感あるシーンの連続に、ぽんっと保安官トムが画面に出てくると、ほっとするんです。トムは結局、最後の最後まで「とんでもない展開」に交わってはこないんですけどね。いつも時間的に後を追っていくことに。
それが象徴的に描かれているのが、逃亡を図ったあとのルウェリン宅をシガーが訪れ、冷蔵庫から取り出した牛乳を持ち、ソファーに座って目の前のテレビにシルエットで写り込んでいる自分の姿をじーっと無表情で見つめているシーンがあります。しばらくして副保安官とともにここを訪れたトムは、やはりソファーに座ってテーブルに置いたままの牛乳をコップにうつして飲みながら思いを巡らせていると、目の前のテレビにシルエットで写り込んでいる自分の姿がインサートされます。
反復されたこの動作。2人のなにかを対比しているのか、同一視しているのか、同一点の時間差を表しているのか。気にはなりますが、とりあえず[あとで考える]ことにして、映画の流れに身を任せてしまいました。
シガーのカイブツ性と重要なメッセージ

こんな事件が起きるなんて時代が変わった、と会話する老保安官の会話で、あいつ(シガー)は幽霊みたいなもの、と比喩されます。実体のつかめないカイブツ、人間じゃあないってことでしょうか。
それは観ている間ずっと感じることですが、最後に決定的にそう感じざるを得ない展開が待っています。
シガーが車を運転していて、ミラー越しに2人の少年が自転車に乗って遊んでいるのを目にします。そして目前の信号が青であることを確認したところで、唐突にヨコから車に突っ込まれます。これはすごく意味ある描写ですね。ルールで安全だとされていても、ちゃんと自分で左右を目視しなければ、キケンはふいに訪れる。
ふつうの人間ならば、ここでお陀仏でしょうが、シガーはよろよろと車から出て道ばたに座り込みます。自転車に乗った少年2人が追いついてきて「救急車を呼んだよ。おじさん大丈夫?骨が突きでてるけど」とこの殺人鬼に気軽に話しかけます。
座って休めば平気だ。シャツを売ってくれというと、少年は「シャツならタダであげるよ」と自分が来てたシャツを脱いで渡し、袖を結んで腕を吊る輪を作るのを手伝います。この少年の乳がちょっとエロい、というのは置いておいて、その少年に金を渡し「いいから。俺を見なかったと言え」とだけ言って、立って歩き去っていくんです。人間かよ、あんた!未来から来た刺客か?とか思っちゃいますね。
シガーはどこから来たかもわからず、どこへ行ったかも知れず、この物語は「ええ?これがおわり?」というシークエンスに移ります。
この終わり方は!?
原作がそうなんだから、原作通りです。というのがコーエン兄弟のコメントらしいですが、呆気に取られました。
だから余計にラストシークエンスで語られていることの内容を、エンドクレジットの間も、その後もよくよく考えてしまいました。その部分だけの意味はなんとなくわかります。僕自身そう感じることもあったから。それがこの映画全体の締めとしてどうかかわっていくものなのかを考え込んじゃってます。
この映画がやばいくらい傑作なのは間違いないです。味わい深く、隙がない。時折キューブリックの映画を観ているような感覚になることがありましたが、この映画はキューブリックじゃ作れないだろうとも思いました。
監督・脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン
2007年/アメリカ映画/122分 >>公式サイト >>IMDb
(C) 2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company.
*最後にキューブリックの名前が出てきたことで、次回は「シャイニング」(1980年)を紹介します。
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