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「シャイニング」考 [4]

2009 年 7 月 17 日 TZK

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水曜日

ついにホテルのゴーストが覚醒。予知能力〈シャイニング〉を持つダニーは、気づくことはできても何もできません。あっちの世界の住人は、精神的に脆くなっているジャックに狙いを定めます。でもそれは、精神的な脆さゆえだったのか…。

どこかから黄色いボールが転がってくる

廊下で一人、ダニーがミニカーで遊んでいる。
するとどこからか黄色いボールが転がってくる。ボールが転がってきた方向を見上げる。誰もいない。立ち上がって歩きだす「ママ?」
不安な音楽がなり始める。
少し歩くと、廊下右側にドアが少しだけ開いている部屋があるのに気づく。ダニーの目の高さからは、ルームキーがささったドアノブが見える。キーについた赤いプレートには「237」の数字が。
ダニー:そこなの?
ドアから部屋の中に入っていく主観描写。

[ディゾルブ] 地下のボイラールームで確認作業をしているウェンディ。そこに男の叫び声が遠くから聞こえる。振り返って「なに?」と声が聞こえた方へ歩き出す。さらに怯えた叫びが聞こえ、あわてて部屋を出て行く。
タイプライターを置いたテーブルに突っ伏して寝ているジャック。寝言でうなっている。悪夢をみているようだ。いきなり大きな叫びをあげる。
廊下をロビーに向かって走っていくウェンディ。「あなた!」
ジャックに駆け寄って背中をさする。ジャックはビクっと起き上がった途端、イスから転げ落ち、恐怖の表情を浮かべてうろたえている。

ウェンディ:どうしたの、あなた。どこか悪いの?
ジャック:(恐れおののき、うろたえている)初めてだ。こんな恐ろしい夢は。おれは、まるで…。
ウェンディ:いいのよ、もう大丈夫よ。
ジャック:夢で、おれは、君とダニーを殺した。(ウェンディと顔を見合わせ、目をそらす)そのうえ…(泣きながら)切り刻んだ。(左手で目を押さえて)神様、おれはきっと気が狂うんだ。
ウェンディ:(ずっとジャックの背中に手をおいて)もう大丈夫よ。さあ、早く立って。

画面切り替わって、ダニーがよろよろとロビーに入ってくる後ろ姿。ダニーのセーターは左肩部分が破られている。
ウェンディがダニーに気づき、あっちへ言ってなさいと言葉を投げる。
「ダニー、なんともないのよ。部屋で遊んでいなさい。パパは軽い頭痛だけ。ダニー、早く行くのよ。」
それでも歩いてくるダニー。遠くにいるウェンディは(向こうに行って)と片手を指し示す。「ダニーを追い払います。すぐ戻るわ。」とジャックに告げると「なぜ言うことを聞かないの?」と小走りでダニーの方へ向かう。
が、ダニーの姿がはっきり見えて状況を把握すると、あわててダニーに駆け寄り腕を掴んで正面を向かせる。ダニーは右手の親指を口にくわえ、呆然としている。
「まあ大変。ダニー、この首はどうしたの?」首には赤くあざのようなものができている。
「どこでこんな傷を?」問い詰めようとしたが、ダニーが呆然としたままなので、ぎゅっと抱き寄せる。

イスにうなだれて座るジャック越しに、奥で抱き合う母子という構図に変わる。
ジャック、狂ったような目つきのまま凍っている。
ウェンディがジャックの方を向き、ダニーを抱き上げる。悲しそうな顔で後ずさりながら「あなたね?あなたがやったのね」
ジャック、まだ目を見開いたまま、凍り付いている。
ウェンディの声が突き刺さる「ひどい人!自分の息子にこんな。」
ジャックは力なくも顔を左右にゆらし、否定する。
「よくもこんなことを!」と言い捨てて、ダニーを抱き上げたままウェンディは小走りでロビーを出て行く。
ジャック、眉間にしわを寄せ「なんなんだ?」という顔で、走り去っていく母子の方をただ見つめる。

ディゾルブで金色に照らされた豪華な作りの廊下に切り替わる。
ジャックがこちらに向かって歩きながら、突発的にこんちきしょう!と言わんばかりに全身で怒りをはじけさせている。画面手前まで歩いてくると、「The Gold Room」と書かれたボール・ルームの立て看板が目に入る。
ジャックは、片方だけ開かれたドアから真っ暗なボール・ルームに入り、照明のスイッチを入れる。壁や天井が黄金に輝く広いホールが浮かび上がる。床の絨毯も他の場所とちがい、空間の黄金と調和するようなデザイン。ソファはモダンな赤。奥にはアーチ型の照明が目をひくバーカウンターがある。ジャックはバーカウンターに向かって歩き出す。
バーカウンターに向かうジャックをフォローしながら、ホールの内装が見て取れる。奥には階段状の白いステージ。客席テーブルはダークグリーンで統一されている。
バーカウンターまで来ると、中をのぞき込み改めて何もないことにがっかりしたジャック。恨めしそうに「ああ、酒が欲しい」と呟く。

ここには酒が一切置いていないことが分かる。また119分版ではここではじめてジャックが禁酒していたことが分かる。

ジャック:魂を売っても、1杯のビールを!

まぬけた顔のジャック

両手で顔を覆ったジャックの正面アップとなる。顔を少し持ち上げ目がこちらと合ったとたん、情けない表情のまま動きが止まる。にやりとした笑顔に変わると、肘をカウンターの上に乗せる。
「やあ、ロイド」親しそうに声をかけてくる。ちらっとホールの方を見やり「客が遅いな」と会話を続け、はははっと大きく口を開けて笑い出す。
カットが切り替わると、そこにバーテンダーが立っている。背後のアーチ型照明に囲まれた棚には、さまざまなボトルが並んでいる。少し間があってからバーテンダーが口を開く。「さようで、トランス様」
一歩出てカウンターに両手をつき「ご注文は?」

ジャック:それはうれしい質問だ。おれは今、20ドル札2枚と10ドル札2枚を持ってる。来年の春までムダかと思った。それではバーボン1本とグラスと氷をくれ。そのくらいいいだろ。忙しいのか?
ロイド:(にこりと微笑んで)いえ、暇です。(くるっと背を向けて棚で準備をはじめる)「話せるぞ」とジャックの声がかかる。
ジャック:(ボトルとグラスを持ったロイドに向かって)そこに置け、片付けるから。酒は白人の呪いだ。インディアンは知らん。(ロイドは黙々とグラスに氷を入れバーボンを注ぐ)
ジャック:(財布を取り出し中身を確認する)おや、財布が急に軽くなった。ツケはきくかね?
ロイド:よろしいですとも。
ジャック:そうか、気に入ったぞ、ロイド。昔からここでは一番と思ってた。(グラスを手に持ち)メーン州ポートランドでも一番のバーテンだ。いや、オレゴン州だ。
ロイド:光栄で。

/——119分版ではカット——/
ジャック:(グラスに入った液体に視線を向け)5ヶ月間のみじめな禁酒に乾杯!おかげで、おれは魂の抜け殻さ。(にっこり微笑むと、一気に飲み干す。その後、顔つきが少し変わる。)
ロイド:ご機嫌ですね。
ジャック:とは言えんよ。不満だらけなのさ。
ロイド:悩み事でも?
ジャック:(グラスを3回指で叩いて、おかわりを催促する)いや、大したことじゃない。ちょっと問題があってね。女とは困ったものだ。だが何とか始末するさ。
ロイド:女が一緒では暮らせない。いなくても暮らせない。
ジャック:(良いこというねぇというジェスチャーをして)まさにしかり。知恵者の言葉だ。
/——カットここまで——/

ジャック:(2杯目は半分まで一気に飲むと、まじまじとグラスを見つめる)息子に乱暴なんかしないぞ。絶対に。髪の毛一本でも傷つけるものか。かわいい息子だぞ、クソッ。あの子のためなら、何でもするぞ、何でもな!いまいましい女だ。あの出来事を一生おれに忘れさせない気だ。
(前のめりから背筋を正し、左右をしっかり確認したあとため息をつくと、一気に)一度だけ息子にケガさせた!もののはずみだ。悪気はなかったんだ。誰にでもある。ちょうど3年前のことだ。原稿を床にまき散らしてたから止めたのだ。つい、腕に力が入りすぎた。1秒あたり何キロかのエネルギーが余計に…。(ぐいっと掴んだらパー、というジャスチャーで、ため息をつく)

獣のようなウェンディの声が重なる。
黄金の廊下をウェンディがバットを持って走ってくる。
誰もいないボール・ルームのカウンターに座ってるジャックを見つけると「ここにいたのね。よかった」

ウェンディ:(泣きながら)ここには、わたしたち以外に人がいるわ。変な女がダニーの首を絞めたのよ。
ジャック:(冷めた顔つきでウェンディを見ながら)気でも狂ったか。
ウェンディ:いいえ本当のことよ。ダニーが言ったの。2階へ行ったらドアが開いてて、女がおふろにいて、ダニーの首を…。
ジャック:どの部屋だ?

突然陽気な音楽とともにテレビの画面が映る。
「マイアミ10チャンネルです。グレン・リンカーがニュースをお届けします。グレン・リンカーです。この冬、マイアミは例年にない暑さで、気温は35度前後。一方ロッキー山脈周辺は雪。コロラドでは2〜3時間に積雪30センチ。交通は困難です。」
テレビ画面からカメラ引いていくと、黒人の素足が入ってきて、なんだ?と思っていると、次に黒人料理主任のハロランの顔が映る。
まるでオーバールック・ホテルの支配人室のようなサーモンピンクの壁に、まんまるアフロヘアの黒人女性のイラストポスターが飾ってある。
病人のようにベッドでクッションを高くしてテレビを見ているハロラン。キーンという突き刺すような金属ノイズが画面に重なる。シャイニングが起きる前兆の音。しだいにハロランの表情が変化していく。目を見開き、恐怖が浮かび上がる。

ナンバープレート「237」のキーで開かれたドア。
虚ろな目でよだれを垂らしながらガクガクと震えるダニー。
237号室の中を見渡す主観カメラ。誰もいない。外観やロビー、ホールと違って、モダンな感じの内装の部屋。数段あがったところにある寝室の奥、ドアが少し開いている。そのドアをゆっくり開くと、正面に半分だけシャワーカーテンがひかれたバスタブが見える。
不安を誘う現代音楽が流れ始める。
怖さを押し殺したようなジャックの正面アップ。
白濁したシャワーカーテンの向こうで、肌色のなにかが動いている。人の腕だ。その腕がカーテンをひくと、若い女性がこちらを向いている。
ジャックの表情から恐怖が消え、にやついた顔つきに変わる。
女性がこちらを向いたまま立ち上がる。モデルのようなプロポーションのボディを露わに、ゆっくりこちらに近づき、立ち止まる。
するとジャックが取り憑かれたように女に歩み寄っていく。お互いをじっと見つめ合ったあと、女の方からジャックの体に触れてきて、首を手をかけたかと思うと、その手を首の後ろにまわして引き寄せ、自然と抱き合い、唇を重ねはじめる。
目を閉じ、むさぼるようにキスをして、うっすら目を開いた時にジャックは見てしまった。鏡に映っている、腐敗のはじまったボディラインの崩れた女を抱いている自分を。
視線を鏡から目の前の女に移す。驚愕の表情となって離れる。

虚ろな目で震えているダニー。
浴槽に仰向けで横たわる中年女の腐乱死体。
後ずさるジャック。
高笑いしながら近づいてくる腐乱女。
ドアまで来ると、急いで鍵を閉めるジャック。そのままドアから目を離さず逃げ去っていく。
いつまでも聞こえてくる腐乱女の高笑い。

電話をかけるハロラン。
「この番号は即時通話ができません。交換台を通してください。」

心配そうに部屋で待つウェンディ。戻ったジャックに「どうだった?」と聞くと、冷静な顔で「いや、何もなかった。誰もいなかった」と返ってきた。
ジャックちらっと奥の部屋に目をやり、ウェンディの背中に手をまわす。

ウェンディ:ダニーの言う237号室へ行ったの?それで何も?
ジャック:何もない。ダニーは?
ウェンディ:眠ってるわ。
ジャック:(ダニーの部屋を覗きドアを閉める)朝になれば正気に戻る。
ウェンディ:(泣いてしゃくりながら)確かにその部屋だったの?ダニーの見間違えかも。
ジャック:ドアが開いてて、明かりがついていた。
ウェンディ:変ね。おかしいわ。

——2人、寝室のベッドに腰掛ける。

ウェンディ:(大きな目を潤ませている)ダニーの首に傷があるのよ。だれがつけたの?
ジャック:(哀れそうな表情をうかべ、言いづらそうに)多分、自分でやったんだ。
ウェンディ:(信じられないという顔で)そんなはずないわ。
ジャック:ダニーの癖は知ってるだろう?ほかにどう説明する?
*119分版ではカット//あの子はよく空想するのだから。ここへ来る前もそうだった。//

明かりの消えた寝室で、目を見開いたまま横になっているダニー。
ウェンディの声が響くように聞こえてくる「あなた、空想だなんて言ってる時じゃないわ」
白いドアに書かれた<REDRUM>という文字がインサートされる。
金属ノイズが重なってきて、すすり泣く母親の声が聞こえる「早くダニーを連れて逃げるのよ」

ジャック:(今なんと言った?という顔になり)逃げる?
ウェンディ:(小声で)yes.
ジャック:黙ってホテルを出て行くのか?
ウェンディ:(小声で)yes.

大きく口を開けて声を出さずに叫ぶダニー。だが叫び声は金属ノイズと重なり合って聞こえない。
エレベータールームが血の濁流となっているイメージ。

ジャック:(ブチ切れている)お前はいつもそうやって混乱を巻き起こす。
この仕事こそと思って打ち込んできたのに、今ボールダーへ帰ったらどうなる?道路の雪かきか洗車屋でもやるか?うれしいか?

ウェンディ:(力なく)ジャック…
ジャック:いつもおれの仕事を邪魔してきたが、今度こそそうはさせない!
——そう言い捨てると、大股で部屋から出て行く。

従業員廊下に置いてある給仕道具を腹いせでぶちまけ、蹴散らしながら、ロビーに向かっていくジャック。角を曲がったところで立ち止まり、「なんだこれは?」というように視線だけを動かす。
ロビーへと続く廊下。パーティーが終わった跡のように、風船とクラッカーがそこかしこに散らかっている。

ハロランが受話器を持って応答を待っている「森林警備隊です」
ハロラン:“展望ホテル”の料理主任のハロランです。
警備員:ご用件は?
ハロラン:ホテルに至急、連絡をとりたいのですが、電話が通じないんです。
警備員:雪で電話線が切れたんです。
ハロラン:すみません、管理人一家がホテルにいるのですが、無線で一家の安否を確かめてください。
警備員:では20分後にまたお電話ください。
ハロラン:分かりました。

「The Golden Room」へ向かうジャック。「Midnight with the stars and You」が漏れ聞こえてくる。
廊下から壁を通して部屋に入ると、そこは別世界。着飾った男女がソファで会話を楽しみ、奥のステージには楽団がいて、その前では踊っているカップルが何組かいる。人々のざわめきが、空間を包み込んでいる。
入口に立つ案内人が「トランス様」とジャックに声をかけ出迎える。まっすぐにバーカウンターに向かうと、ロイドがすぐに気づいて迎えてくれる。

ジャック:Hi, ロイド、今帰った。
ロイド:Good evening, Mr. Torrance. お元気で?
ジャック:(ご機嫌な表情で)相変わらずだ。
ロイド:ご注文は?
ジャック:“わたしを噛んだ犬の毛”(Hair of the dog that bit me. =迎え酒という意味から、以前の字幕では「前と同じものを」となっていた)
ロイド:バーボン・オン・ザ・ロック?
ジャック:(まさに!というジェスチャー)それだ。
グラスにバーボンを注がれている間、財布を取り出し紙幣を差し出すジャック。
ロイド:お金は結構です。
ジャック:ただか。
ロイド:あなたのは通用しません。
ジャック:(気まずそうな表情)
ロイド:店主の命令で。
ジャック:(紙幣を財布に戻して)店主の命令?
ロイド:どうぞ。
ジャック:気になるね。誰が金を払うんだ?
ロイド:お気遣いなく。少なくとも今は。
ジャック:(にかーと笑い)そうかい、ロイド。そう言うなら。

グラスを手に持ち、バーカウンターから離れ、奥のステージが見えるところまで踊りを挟みながら歩みでるジャック。何気なく婦人が横を通り過ぎていく。その向こうから給仕人がやってくるのだが、下を向いていたせいで婦人に気づかず、避けたところでバランスを崩し、近くに立っていたジャックに、盆の上のカクテルをひっかけてしまう。

給仕人:これはとんだ失礼を!上着がひどいことに。
ジャック:気にするな。着替えはいくらでもある。
給仕人:(腕にかけていたクロスでジャックの上着を拭きながら)この布地は染みになります。早速、洗面所へどうぞ。お拭きします。
ジャック:どうやら君の服もシミになるぞ(給仕人の背中をぽんぽんと叩く)
給仕人:まず、あなた様のを。
ジャック:ご親切だな。どうせあとで着替えるさ。ディナーの始まる前に。
給仕人:それに限ります。

レトロなホールとうって変わって、まるで「時計じかけのオレンジ」のようなモダンな内装のトイレ。壁は赤く、床と天井、陶器の便器と洗面は白。

赤いレストルーム

給仕人:(盆を洗面台にまず置き、クロスを水で濡らす)今拭けば大丈夫です。
ジャック:おれもグラスを置いて…。さあやってくれ。
ジャック:何て名前だ。
給仕人:グレーディーです。(Grady, sir. Delbert Grady.)(以前の字幕では”グレディ”)
ジャック:グレーディー?
給仕人:Yes,sir.
ジャック:Delbert Grady.(空いた片手の指を無意味に動かして、言いずらそうに)前に会った?
給仕人:(明るく笑いながら、クロスを水で洗う)そんなはずは。
ジャック:(洗面台の鏡ごしにグレーディーの顔をガン見する)
給仕人:どうやら取れました。
ジャック:(いぶかしげながら)前にここの管理人を?
給仕人:いいえ、違います。
ジャック:確か…、所帯持ちだったよな。
給仕人:はい。妻と娘が2人おります。
ジャック:今、どこに?
給仕人:この近くです。よく存じません。
ジャック:(拭き続ける給仕人からクロスを奪って)いや。君は確かにここの管理人だった。すぐ分かった。君の顔が新聞に出ていたしな。妻と娘をたたき殺したうえ切り刻んで、自分は猟銃で頭をぶち抜いた。(いじくりまわしていたクロスを投げ捨てる)

——しばらく互いの顔を見合わせて立っている。

給仕人:不思議ですな。そんな記憶はございません。
ジャック:グレーディー、君は確かにここの管理人だ。
給仕人:……。お間違いでしょう。あなたこそここの管理人です。ずっと昔から。存じております。私もずっと、ここにいます。
ジャック:(ここまで妙にハイテンションだったのが、一気にシリアスな表情に。一瞬笑おうとするが、すぐに真顔にもどる)
給仕人:(まっすぐにジャックを見据えて)息子さんは外部の者を私たちの世界へ連れ込もうとしています。ご存じか?
ジャック:(いや…と小さく首を振る。力関係が先ほどと逆転している)
給仕人:確かです。
ジャック:誰を?
給仕人:黒人(A nigger.)黒人の料理人。
ジャック:(驚き、たじろぎながら)どうやって?
給仕人:息子さんは超能力の持ち主です。(Your son has a very great talent.) 多分ご存じあるまい。それを使ってあなたを邪魔するつもりですよ。
ジャック:……。おとなしそうで頑固だ。
給仕人:さよう、わがままですな。いたずら小僧です。失礼な言い方をどうも。
ジャック:(その答えは知ってるぞ、というように)母親が悪い。あの女が邪魔するんだ。
給仕人:よく“しつける”必要がありますな。こう言っては何ですが、少し厳しくしつけませんとね。私の娘たちも最初はここを嫌いました。1人は実際にマッチを盗んで火をつけました。
私は2人とも“しつけ”ました。妻は私の邪魔をしたので、彼女も“しつけ”ました。

/——119分版ではカット——/
部屋の中、タバコを片手に考えをめぐらし歩き回るウェンディ。
ウェンディ:雪上車がある。雪がやんだら、あれで山をくだれるかもしれない。まず森林警備隊にすぐ行くと言おう。もし行けなくても捜査隊が来てくれる。夫が来なければ、私たちだけで行こう。それがいい。
「レッドラム、レッドラム…」ダニーの声が聞こえ、ダニーの部屋に急ぐ。

暗い部屋で「レッドラム…」と壊れたおもちゃのように繰り返す息子の頭を、心配そうに抱くウェンディ。「どうしたの?また夢?」
頭を何度かなでられるとダニーは黙り込むが、不機嫌そうな顔。突然へんてこな声で口を開く。
『ダニーはいない。トランスの奥さん。』
「しっかりして、目を覚ますのよ。悪い夢を見たのよ。もう大丈夫。」
『ダニーは目を覚ませない。トランスの奥さん。』
ウェンディ、ただただ混乱して言葉が出ない。「ダニー、目を覚まして。さあ今すぐ!」
『ダニーは遠くへ行った。トランスの奥さん。』
ウェンディ涙ながらにダニーを抱き寄せる。
/——カットここまで——/

「KDK1よりKDK12へ 聞こえるか」と何度も呼びかけている通信機をジャックが破壊する。

/——119分版ではカット——/
森林警備隊に電話をかけるハロラン。しかし「何度も呼んだが応答がありません」と報告を受ける。受話器を置き、考え込むハロラン。
/——カットここまで——/

この章は、各々がその後にとる行動の動機づけが集約されています。

トリガーをひいてしまったのは、ダニーがハロランから入るなと言われていた「237号室」に入ってしまうこと。なんだか怖いとは感じていても、具体的なことは分からず、そのことがかえって好奇心を強くさせてしまったのでしょう。〈お友達〉のトニーでさえ「ハロランさんも言っただろ。本の中の絵と同じさ。本物じゃない。」なんて言うし。本の中の絵であれば、直接危害を与えるはずがありません。目の前に転がってきた黄色いボールは実体のあるものだから、これを転がしたのはきっとママのはずです。
ここで何が起きてしまったか、画として見せなかったのはうまいですね。本当は何が起こったのかわからないまま、夫婦の間に楔(くさび)を打ち込むことになります。

ダニーの身に何か起きてしまったことで、ジャックとウェンディで現実の捉え方がまったく違うことが露わになります。
これを男女の違いと言い切ってしまうと問題があるので、たいていの場合と濁しておきますが、男のアイデンティティと女の防衛本能には、相容れることができない溝があるようです。「仕事と私とどっちが大切なのよ!」という女の問い詰めに、答えを窮する男は多いはず。
信頼されて任された仕事を全うし、認めてもらえる自分があってこそ、君のことを守っていけるし愛していける、っていうのが男の本音じゃないでしょうかね。少なくても僕の場合はそう思ってしまいます。反面こんなつらい思いをしてまで仕事をしているのは、君という存在とこの先もずっと生きていきたいからだ、とも言えます。一人で生きていけばいいのだったら、もっとラクに自分一人生きていけるだけの収入さえ稼げればいいし、と何度も思って生きてきました。
教師をやめ作家として生計を立てていくには、これは理想的な環境なんだとジャックは信じています。家族のためにも理想的な住環境だと。そこまでは共感できます。

でも現実って、そんなにうまくいくことばかりでない、ってこと。
こんな理想的な環境に身を置いているのに、なにも書けない自分。いらつき、精神的にかなり病が入ってしまったジャック。ストレスを発散させようにも、ここには酒がない。思えば酒を断ってから、自分は自分を常に抑え込んでいた。なんで酒を断つことになったんだ。それは自分が大切な息子を(思いもがけず)ケガさせてしまったからだ!
直線的なフローにすると、語られている内容から、息子にケガさせた(3年前)→禁酒した(5カ月前)→教師をやめて引っ越した(3カ月前)→ホテルにやってきた→1カ月後(現在)
ということで、バーカウンターでバーボンを飲み干し「5ヶ月間のみじめな禁酒に乾杯!」っていうのは、プラス1カ月で「6ヶ月間の禁酒」じゃないですかね。重箱をの隅をつつくようなことですが、この時間のギャップが[7]で語ることのヒントの1つになっています。
息子のケガをすぐ自分のせいにしやがったウェンディ、責任を放棄して逃げようと言い出すウェンディ。執筆中のジャマをしやがったウェンディ。創作活動の挫折で精神的に追い詰められたところに、頭にくることばかりしでかすウェンディの存在が我慢できなくなる。そんな精神状態をまるでサポートするかのように、ホテルの棲みつくゴーストの方から手を差し伸べてくる。
でもね、ジャックは知らないだろうけど、そして119版「コンチネンタル版」しか観ていない人も知らないことだけど、女医に過去の夫が起こした事件について告白したウェンディは、世間体からなのかもしませんが、夫が悪かったという言い方はしていませんでしたよ。

バーでのジャックの表情

バーカウンターに座ってロイドを目の前にしてからの、ジャック・ニコルソンの芝居。急に生気を得たかのように目に光が灯った表情になります。表情の変化と手の動きのなんと表現豊かなことか!なんて大仰な芝居なんだと思いましたが、酒が入ると途端にこうなる人はいますよね。シラフじゃないのです、ここでのジャックは。
でもニコルソンの驚異的な顔のインパクトは、映画のバランスを考えると、普通の顔をした奥さんじゃだめということになります。一度見たら忘れられない独特な顔という点で、シェリー・デュヴァルが採用されたとしか思えません。

ウェンディのエピソードで、ここは119分版でも残して欲しかったという部分があります。
ジャックがなぜ怒ったのかに全く意識がいかず、ダニーと脱出する段取りを口に出して言うことで落ち着きを取り戻そうとする部分。そして直後にダニーの口から発せられる『トランスの奥さん』という、最も親しみから遠い呼ばれ方をされるところです。目の前にいる我が子の中に今いるのは、完全に他人。ショックですね。今すぐ医者に診せなくては!というウェンディの差し迫った行動理由が分かる部分です。
元々ウェンディにとっては、自分と息子と夫の閉じた世界、目に入る範囲の世界が安定してさえいればいい、という人なんでしょう。ジャックの言う責任云々というのは、ジャックが交わした約束事であって、今一番大切なことは、異常な状態から息子を守ることです。多分これまで夫の言うことに従って生きてきた女性なんだと思います。それが、ここでは息子を守るために、自分だけで脱出の段取りを決めていくのが、彼女の抑圧が解かれ始めたきっかけになっています。

この映画で気づいた方はどれくらいでしょうか。
ホテルの中で怪奇現象に出くわすとき、それを目撃する人物の真正面カットから始まるということを。だからこれらはみな怪奇現象ではなく、彼らの妄想世界というか幻覚なんじゃないかとも言えます。「シャイニング」の現象は、すべて精神病理的に説明ができるとおっしゃっている方もいますから。
映画を直線的に観ていった場合、すべてを精神病理的には説明できません。例えばこの後にくる展開で、ジャックが閉じこめられた食品保管庫の鍵を開けたのは誰か?という部分。誰なんでしょうね。素直に考えれば、赤い壁のトイレでジャックに新たな使命を与え、家族を惨殺した管理人グレーディーの霊でしょう。
前半までは精神症的と見えるジャックが、何も置かれていないバーカウンターで「ああ、酒が欲しい」「魂を売っても、1杯のビールを」と強く願ったところから、超常現象が始まります。超能力者であるダニーは、一足先に餌にひっかかってしまったけれど。
ボール・ルームにいるあっちの世界の住人は、穏やかな人たちそうなのですが、グレーディの口から出る「”しつけ”ました」という言い方には底知れぬ冷たさを感じます。

ついにジャックの狂気が家族を恐怖に陥れる次章は、いくつかパートに分けて見ていきます。

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