映画『エンゼル・ハート』を読む[1]
意外なまでに好きな人が多い映画
ホラー・ミステリーというジャンルながら、いま30代後半から上の映画好きさんで、『エンゼル・ハート』が好きだとおっしゃる方は意外に多いです。その理由として共通しているのは、〈ミッキー・ロークが好きだったから〉〈雰囲気が好きだから〉という2点。反対に〈意味が分からなかった〉という人もネットで見かけたりします。
メチャかっこいいドイツ版「エンゼル・ハート」のポスター
『エンゼル・ハート』という作品は、悪魔崇拝とか堕天使とかの知識がちょびっとあれば、最初にロバート・デニーロ演じるルイス・サイファー(Louis Cyphre)が登場するシーンで、ストーリーの落としどころは〈だいたい〉分かってしまいます。起点と結点はすごく近い距離にあり、その2点をむすぶ曲線が、いかに膨らんでいき、結点に辿り着くかを楽しむ作品といえます。
例えれば、護衛2名を従えて旅をする〈越後のちりめん問屋〉なる老人が出てくれば、あとは葵の御紋が出てくるまでの展開を楽しむ「水戸黄門」のような感じです(言い過ぎか)
悪魔とか堕天使など知らなくても、ジョニーという男の消息を追っていくうち分かってくる表の顔と怪しい交友関係、次々殺害される関係者など、ハードボイルドな雰囲気と凝ったストーリーを上質な映像で堪能できるはず。
そして結末が予想できたとしても、何度目かの鑑賞であっても、結末には虚しさが沸き上がってきます。
この作品でミッキー・ロークに惚れました

公開当時人気の絶頂にあったミッキー・ロークに目を奪われて、ストーリーにはあまり気を止めないという人もいるでしょう。悪魔系の設定なんてわかんないしぃという人も。
『エンゼル・ハート』は、ミッキー・ローク主演作品の中で一番好きな作品です。うらぶれた私立探偵という役柄が良かったこともありますが、彼の魅力がもっとも熟した状態を、しっかりとフィルムに焼き付けることに成功した作品といっていいかもしれません。
正直いえば、この作品を観るまでは、ミッキー・ロークの魅力がよく分からなかった私でした。カッコつけた中年男、数年前に流行ったちょいワルオヤジという言葉からイメージするのは、まさに彼のような男。そんな風に思っていました。たしかにカッコいいのですが、強さを見せつけないのに弱点のない喰えないやつ、って印象だったのです。
ところが!『エンゼル・ハート』の彼は、状況に振り回され、うろたえる姿を見せてくれます。もちろん彼の得意技である甘えた優しさ、やんちゃさと静かな暴力性が同居したBitter & Sweetな表情も全開です。そして終盤の泣き叫ぶ顔!「惚れたぜー」と思わず画面を指さしちゃいました。
数年経ってこの作品を観た時、ミッキー・ロークは過去の人になっていました。
それでも画面の中の彼は、魅力に溢れていました。そして役者として実力の高さを思い知りました。演技へのアプローチは、『アメリカン・ギャングスター』のラッセル・クロウに似ていますね。ご両人とも、プライベートではいろいろ問題のある人ですが…、演技は最高です。
「レスラー」で2008年度アカデミー主演男優賞にノミネートされ、ブラッド・ピットやショーン・ペンからリスペクトの言葉を贈られていたのが嬉しかった。彼はある世代にとって、男が惚れる男のシンボルだったんです。
アラン・パーカーの織りなす映像美
アラン・パーカー監督は、『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』を観て以来、何度も繰り返して観てしまう作品ばかりを生み出す、特別な才能を持った映画職人です。とにかく映像と音とのマッチングがうまい人で、『フェーム』『ザ・コミットメント』『エヴィータ』といった優れた音楽映画をのこす一方、『ミッドナイト・エクスプレス』『バーディ』『ミシシッピー・バーニング』という社会派の目で人間の深層心理を繊細に映像化できる人です。
光と影を常に意識した印象深く美しい映像も特長です。映像のセンスはリドリー・スコット監督と近いものがあるかもしれません。ただリドリー・スコットと違うのは、インサートカットのうまさです。『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』のように時間軸をシャッフルしてイメージをパズルのように織りなしていく時もあれば、『ザ・コミットメント』のように、舞台となる土地のなにげない風景を切り取って挟み込むことで、世界観がぐっと深まるというような見せ方をします。
アラン・パーカーが優れているのは、このようなハイレベルな映画づくりのセンスがあるにもかかわらず、あくまで映画が語ろうとしている主題を第一にとらえ、テクニックだけに溺れない点にあります。だから〈巨匠〉や〈鬼才〉と呼ぶよりも〈映画職人〉と呼んだ方がしっくりくるのだと思います。
『エンゼル・ハート』という作品には、アラン・パーカー監督の好きな部分が濃縮されて詰まっています。音楽の使い方は最高にうまいし、フラッシュバックのように挟み込まれるインサートカットも巧みだし、映像も美しい。複雑なストーリーながら軸をぶらさず、ほぼすべてのシークエンスにミッキー・ロークを登場させ、彼の人間的魅力を最大限に引き出す演出の手腕。人間の暗部を描き出す作家性の冴え。
もう観る前から、嫌いなはずはないと確信でき、観た後は予想以上にどっぷりハマってしまっていた映画です。ミッキー・ロークの魅力を引き出した私立探偵という役柄同様、アラン・パーカーにとってもミステリアスな探偵ものという題材は、おいしいものだったに違いありません。
人間には──知ってはならないことがある。
「悪魔のバイブル」から驚愕のショック映画誕生!
かつてない”恐怖”のためには 最高のキャストが必要だった!
日本公開当時の宣伝コピーです。完全に豪華キャストのホラームービーと思っちゃいますね。
ホラームービーだと思って観ていると、よくあるホラー映画とは異質な上質感に戸惑ってしまうかもしれません。きちんとドラマが描かれていますから。
恐怖を味わうためでなく、自分という存在の不確かさを感じたとき、妙に心地良い時間を与えてくれる不思議な香りをもった映画なのです。
ただし1回観ただけでは、力の入った印象に残る映像が続くので、ストーリーを追い切れなくなってしまうかもしれません。ぜひ2回以上ご覧になることをオススメします。2度目以降の鑑賞では、分かりやすく丁寧にストーリーが語られていることに少し驚くと思います。とくに前半では、重要なポイントは2度繰り返して語られている部分もあるくらいです。
そして、雰囲気を堪能してください。ミッキー・ロークの魅力にやられてください(笑)
悪魔崇拝とか堕天使とかの知識がある人にとっては、画面に写るヒント探しを楽しめる作品です。あらすじを紹介する前に、まずはざっくりとそっち系の基礎知識をまとめておきましょう。
*さらにブードゥー教についての知識があるといいかもしれないのですが、ハリーと同様、異教のカルチャーショックを覚える意味で、あえてまっさらでいいかもしれません。興味のある方はググってください。
堕天使とか悪魔とか
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の主たる神である〈ヤハウェ〉にお仕えするのが天使。
堕天使とは、言葉の通り、天界から追放された元天使です。
キリスト教では次のような設定があります。
神は自らの姿に似せておつくりになった人間アダムとイブに、天使以上の愛情を注ぎました。それに嫉妬を抱いていた全天使の長ルシファーは、アダムとイブに仕えろという神からの命令に反発、クーデターを起こします。しかしルシファーは神の偉大さを知りつつ、服従よりも自由に戦って敗北することを選び、天界から追放され地獄に堕とされます。そして地獄においてルシファーは、神に敵対する者たち(異教の神々を含む)の君主としてサタンと呼ばれるようになります。
〈メフィストフェレス〉は、ゲーテ『ファウスト』に登場する悪魔ですが、元々ドイツで民間伝承されている悪魔の名です。錬金術師のファウストが、己の魂と引き換えにこの悪魔を召喚し、自らの欲望を満たしたとされています。
地獄の大公の一人で、ドラゴンに似た姿をしており、紳士や老人の姿で現れることもあるそうです。黒い毛で覆われているともされているので、『エンゼル・ハート』のデニーロは、まさに伝説通りのお姿で登場しています。
神=善、悪魔=悪という概念は、どちらか一方が欠けるともう一方の存在輪郭が希薄になる、表裏一体の存在です。
キリスト教でいう悪魔は、神に敵対するものという意味ですから、必ずしも『デビルマン』のデーモン族のような化け物たちではなく、元天使については人のカタチをしています。
かえって九階級の上位にいる天使の方が、多眼だったり多翼だったりして、人のカタチから離れた化け物ちっくな設定です。上位天使をモチーフにした「エヴァンゲリオン」のゼーレのマークは、悪魔的にも思えますよね。
サイファーとの面会
冒頭部分はストーリーの肝にあたるので、字幕を採録しながらシナリオ形式でご紹介します。
1955年、ニューヨーク。しがない私立探偵ハリー・エンゼル(ミッキー・ローク)は、1本の電話を受ける。相手はワインサップ=マッキントッシュ法律事務所。つまり弁護士からの電話。
「それで依頼人は?」聞き取りにくかったのか「もう一度」と言って、メガネをかけつづりを聞きながらメモ帳に名前を書いていく。
“Louis Cyphre(ルイス・サイファー)”
*画面ではCyphREと最後の2文字だけ大文字に。アメリカ英語ではサイファーのつづりは”Cypher”となるが最後の”er”が”re”になっていることで、イギリス式英語圏もしくはフランス語圏の外国人であることを分かりやすく見せている。
「あなたの依頼人は外国の紳士?」ハリーはメモに書いた名前の最後に「?」を付け加える。
「もう少し詳しく話してくれませんか?」つづけてメモに”ハーレム”と書き、「分かります」と答える。これから直接会って話を聞くことに。
ハーレム。路上のあちこちに雪が溜まっている。
ハリーは、泣き叫ぶ喪服の黒人女性を囲んでいる人たちを脇に見て、古びた建物の中に入っていく。薄暗い階段を上がっていくと、威勢の良い声が響いてくる「神の教えを伝えさせたまえ。霊魂の再来をなさしめたまえ」
明るさが漏れる2階の踊り場で立ち止まると、髪の毛をセットしなおしてから、フロアに入っていき、黒人教会の2階に出た。
「私に従って天国の門を入ろう。神への愛の深さを、ぜひ見せてもらいたい。諸君の心を開き、財布も開け、気前よく!」
ノリのいい口調で唱える神父の前には、タンバリンや紙幣を高く掲げる黒人たちが座っている。
「私は今キャディラックが欲しいのだ」
信徒たちはコンサート会場にいるように熱狂している。
「さあ、みんなで歌おう」ピアノ伴奏が始まる。
──世俗的な雰囲気で神を讃える教会。
その様子を見下ろしているハリー。うしろからそっとワインサップ弁護士が近づいてくる。ワインサップのあとについていくと、壁に飛び散った血をたわしで洗い落としている黒衣の女性がいる部屋をハリーは目撃する。
ワインサップ:彼女の夫が頭を撃って自殺しましてね。イヤな光景です。
ドアをノックして通された部屋には、奥に一段高くなった小さなステージのような場所があり、そこに黒いスーツを着た紳士が座っている。「こちらが私の依頼人、ルイス・サイファー氏です」
にこやかにハリーと挨拶を交わすサイファー。握手のために差し出された右手には、金色の指輪が目立っている。サイファー:失礼ですが始める前に身分証明書か何かを…
──用意されたイスに座ったハリーは、立ち上がってポケットからパスケースを取り出して「これを」。銃使用所持許可証と写真入りの身分証が見開きでホルダーに収められている。パスケースを持つサイファーの指の爪は、長く先が尖っており、確認が済むとパスケースを返す。
サイファー:気を悪くなさらずに、私は用心深いので。
ハリー:分かっていますよ。(といってイスに座る)

さてこのシークエンスは、ロバート・デニーロとミッキー・ロークという個性派俳優の競演が見物なのですが、視線を集中すべきなのは、デニーロの右手にはめた金色の指輪です。
金色の指輪と尖った爪は、これでもか!というくらい画面に映っていて、観客が気になってそこに注視するのを誘発しているようです。なにより尖った爪と指輪が引き立つよう、右手の指は手タレのようにキレイに揃えたポーズでキープされています。不自然なくらいに。
気になりだしたら止まらない金色の指輪は、とにかくでかいってことだけは分かります。じらされた後に出てくるアップのほんの一瞬を見逃さなければ、そこにペンタグラム(五芒星:2つの頂点を上にすると悪魔主義者のシンボルとなる)が刻まれていることも分かります。
デニーロの表情、とくにハリーを見る目つきにも注目です。すべての起点となるこのシークエンス。いろんな意味で緊張感がみなぎっています。

ハリー:それで、ぼくのことは、どこで?
──サイファーのステッキを回転させる右手越しに、ハリーの姿。
サイファー:[無言でワインサップに視線をなげる]
ハリー:普通、電話帳で選ぶでしょう(照れ笑いを浮かべながら)
サイファー:[無言で首を横に振る]
ハリー:よくあることで。名前がエンゼルで、最初の”A”の部ですから。つい真っ先に見つけた名前を選ぶとか。
サイファー:(にこやかな顔で、呼びかけるように) ジョニー…(Johnny Favourite)
ハリー:[何です?というように顔になる]
サイファー:ジョニーという名前に覚えは?(目にかすかなほほえみをうかべて)
ハリー:別に覚えはありませんね。
サイファー:知らない?
ハリー:知ってるはず?
サイファー:戦前は歌手で、有名だった。
ハリー:(視線をそらして)実を言うと、サイフィアさん…。
サイファー:サイファーだ。
ハリー:(笑って)これは失礼、サイファーさん。
──ここでサイファーのステッキを持つ右手アップになる。そこで指輪の表面に刻まれた文様がちらっと見える。
ハリー:ぼくはあまり大事件は扱っていません。いつも扱うのは小モノばかりでして。
保険の調査とか、離婚とかいった仕事で。たまに幸運もありますが…しかし流行歌手とか、そういった有名人は、全然知りませんね。
サイファー:本名はリーブリング。(すました顔になってワイングラスを口に近づける)
──ジョニーの芸名はジョニー・フェイバリット。本名リーブリングはドイツ語で「お気に入り=Favourite」のことなので、ジョニーはドイツ系か?
ハリー: さてと…(視線を宙に泳がせる)その名前も知りません。その男に何の用です?借金の取り立てとか?
サイファー:彼が歌手を始める時、援助してやった。
ハリー:するとジョニーのマネージャーですか?
サイファー:いや、違う。…そうじゃない。(うまく伝わらないことに多少苛ついている様子)
ワインサップ:(口をはさんで説明する)サイファー氏は契約をされた。彼が死んだ場合、失効するという条件で。
ハリー:すると、もう死んだ人?
ワインサップ:1943年に北アフリカへ派遣され、軍の慰問に従事したが、敵の攻撃で頭と顔に重傷を負い…
サイファー:記憶喪失だ。つまり…
ハリー:神経症?
サイファー:(頷いて)戦争神経症… 君も軍隊の経験が?
ハリー:ほんの短期間だったんですよ。ちょっとばかりヘマをやらかしましてね。すぐ本国送還になって、何もしなかった。(サイファーは頷きながら聞いている。ちらっとワインサップへ視線を送る)だから戦争にも、勲章にも縁がなくて。運がよかった。
サイファー:(話を進めようという顔になり)ジョニーは死体同然で帰国したのだ。
ワインサップ:友人が彼を個人経営の病院へ移したあと、かなり過激な精神療法も行われた。(サイファーに視線を投げる)
サイファー:そしてジョニーの弁護士が…支払いなどをした。
本人は植物人間で契約も全うしていない。(急に表情がやさしくなる)でも欲得ぬきにして、ただ私としては、ジョニーの生死を確かめておきたいのだ。(微笑む)
ワインサップ:毎年私の事務所に証明書が送られて来て、彼の生存は確認された。だが、たまたまこの前の週末にサイファーさんと私は病院の近くに用があり、ついでに調査したところ、あやふやだった。
ハリー:(ワインサップに向かって)言い逃れを?
サイファー:私としては事を荒立てたくないので、私立探偵の君に──
──ハリーはようやく自分が呼ばれた理由に納得できて微笑む。
サイファー:巧妙に穏やかに、と思ってね。
ハリー:調査を?
サイファー:その通り。
ワインサップ:[無言で微笑み、ハリーに両目でウィンクをする]
──ハリーは立ち上がって、サイファーと握手を交わす。サイファーはハリーの顔を再度よく見て、握った手を放さず…
サイファー:前に会った気がする。
ハリー:(困ったな、という顔を一瞬ワインサップに向け)ぼくは別に…。
サイファー:[笑う]
黒い髪、黒いスーツで、爪の長い怪しい紳士サイファー。かつて有名歌手だった男の消息を、差し迫った困りごとという風でもなく、余裕の態度で接してきながら、依頼してきました。大きな案件の実績がない私立探偵のハリーに。しかも電話帳の”A”の部で安易に連絡をとってきたわけでもないという。なぜハリー・エンジェルに?
緊張しているのか気押されしているのか、ハリーの受け答えはいまいち的を得ていないようです。依頼人の名前をフランス語読みで口にしてしまい、訂正されたりして。
依頼内容はそれほど困難な内容とは思えませんが、語られていない事情がまだある気配を感じさせる面会です。
ここから、ハリー・エンジェルのジョニー捜しが始まります。
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はじめまして。
TBありがとうございました。
早速伺わせていただきました。
一つの作品に凄い情報の山ですね。
読み甲斐があります。
じっくり拝見させていただきますね。
当方からもTBさせていただこうと思いましたが、
うまくTB出来ていません。
ひょっとしたら認証後の反映でしょうか?
もしかしたら、いくつも出てくるかもしれません。
余分なものは削除していただきますようお願いいたします。
また伺わせていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。