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映画『エンゼル・ハート』を読む[2]

2009 年 9 月 2 日 TZK

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ではここから『エンゼル・ハート』のストーリーを、後藤光太氏翻訳の字幕と〈画面〉から私が読み取った内容で、追っていきます。
映像表現の優れた作品をテキストに置き換えるのは、野暮を通り越して無謀なのは承知の上。映画を丁寧に観ていくことで、そこから何が読み取れるかの試みです。
このページでは、調査のはじまりである病院への訪問ファウラー医師を尋問サイファーとゆで卵原点にもどれ、までを紹介します。

ファウラー医師

ハリーはまず、ジョニーが入院しているはずの病院へと車で向かった。この映画のテーマソングとなっている、マイナー旋律の曲を口笛で奏でながら。
サイファーの言葉がリフレインされる。
〈ジョニーという名前に覚えは?〉
〈本名はリーブリング〉
〈ジョニーの生死を確かめておきたいのだ〉

林の奥に建つハーベスト記念病院。
ハリーは、全国医療協会のコンロイと名乗り、若い女性看護師に「不治の外傷性障害者を調査中で、それに該当する患者がお宅にいると聞いて…書類で確かめてくれませんか」と誘惑するような口調で頼む。
メガネとカタチのいい腰つきにギャップを感じる若く美しい女性看護師は、ほだされて書類を調べてみる。
「リーブリングという患者は転院しています。かなり前ですわ、1943年の12月。」
ハリーは女性看護師の了解を得てその書類に目を通すが、書面全体の筆跡とは明らかに異なる筆記用具で書かれた転院日付の文字が気になる。「1943年にボールペンで書いたとは変だな」
ハリーは、書類にサインされた主治医のファウラー医師について尋ねてみる。
「非常勤よ、お年寄りだから。」女性看護師は照れくさそうに笑って、書類の入ったファイルを閉じる。

ジョニーの転院記録

夕暮れ。ハリーはダイナーに立ち寄り、電話帳からファウラー医師を探し出し、電話をかけてみるが、留守のようだ。

夜になって、ハリーは懐中電灯とドライバーを手に取り、ファウラー医師のアパートに侵入する。金属ケースに入った注射、サイドボックスの引出の中には聖書とピストル、そして冷蔵庫の中には牛乳瓶とモルヒネの瓶が何本もストックしてあった。

そこへファウラー医師が帰宅してきた。真っ暗な部屋の中、電気もつけずにまっすぐ冷蔵庫まで行くと扉を開ける。その様子を暗闇の中から見ていたハリーは、煙草を口にくわえてから声をかける。「夜の注射の時間?」
ファウラー医師は動きを止め、声のした方へ振り返った。「君は誰だ?どこから入った?」
ハリーはくわえた煙草にマッチで火をつけると「隙間からね。私立探偵なんです」
ファウラー医師は恐れている風でもなく、声のする方へ話しかける。「家宅侵入というのは重大な犯罪だ」
ハリーも平然として「警察を呼びなさいよ。冷蔵庫内のヤクを発見されてもいいのかな?」
ファウラー医師は、冷蔵庫の扉を閉める。すると部屋は真っ暗となり、テーブル上にあるダウンライトのスイッチを入れて、部屋を部分的に明るく照らしだした。私立探偵の顔が明かりの中に現れる。ファウラー自身はまだ暗闇の中に立っている。
「私は医者だ。自宅に薬を置くのは当然だ」
テーブルを挟んでハリーの向かいに座ったファウラーの顔が、ダウンライトの明かりで、はっきり見て取れるようになった。げっそりやつれ、生気のない顔だ。

ハリーは、ジョニーについての情報を尋ねる。しかしはぐらかそうとしたファウラーの背後に回り、両肩に手を置くと顔を近づけ、「はっきり答えなけりゃ、警察を呼びますよ。麻薬のネタは上がっているんですからね」と軽く脅してみせる。
ファウラーは、淡々と話し始めた。恐れているわけではなく、薬が切れそうで、思考が止まっているという感じだ。
「彼は芸能人で戦争神経症だった。再起不能でオルバニーの病院へ転送した。最近、面会人が来て驚いたんだ。12年来初めてだ」
ハリーは話を聞きながら、冷蔵庫から牛乳を取り出し、カップにうつして飲んだあと、ファウラーの隣にきて座る。「オルバニーに当たったがいなかった。今どこに?」
ファウラーの顔からは、ますます生気がなくなっている「知らないんだよ」
ハリーはいきなりファウラーの胸ぐらを掴み、顔をぐいっと引き寄せる。「先生よ。冷や汗が出てるぜ。こんなにな。早くあの冷蔵庫まで行きたいんだろうが。もう待ったなしだろ?早くヤクを打ちたくてうずうずしてるな?もう一度聞くぜ。彼はどこにいる?」
ファウラーはもう一度「知らないんだ」と繰り返すが、ハリーから頬を叩かれると、止まった思考が動き出したかのように、つづきを話し始めた。
「昔、何人かやって来て、彼を車に乗せて連れ去った。出て行った時はかなり回復していた。記憶喪失のままだが。男はケリーという名前だ。もう一人、若い女が車の中にいた。”家へ連れて行く”と男が言った」
「条件は?」とだけハリーは聞き返す。
「2万5000ドル。まだ彼が入院中だと装う代償だ」
「病院は疑わないのか?」
「ちゃんと私がカルテを書いたし、入院費も支払われていたから…」
ハリーの右手はファウラーのネクタイを締め上げている。「ジョニーはどんな顔の男だった?」
「知らんね。顔をひどくやられていた。だから整形手術をして、顔に包帯をしてた」
「ケリーはどんな男だ?」
「かなり昔のことで、もう覚えていない。確か〈南部なまり〉があったが、よく覚えてないよ」
そういうとファウラーは前に倒れ込むようにハリーの肩に顔をうずめてしまう。ハリーはその頭を抱くように支えてやると「分かったよ、少し横になったらどうだ。ぼくは食事に行って来る。その間に記憶もよみがえるだろうよ」とやさしい口調に戻り、ファウラーを支え、ベッドまで連れて行った。
回る換気扇のインサート。
ファウラーをベッドに横に寝かしつけ、「戻ったら冷蔵庫のヤクをあげる」と穏やかに言うと、呆然としたままのファウラーの頬をなで「話してくれたら、後はジャマしないよ」と言い残して、部屋のライトを消しドアを閉めて出ていった。ドアには外側から鍵をかける。
床に落ちる換気扇の影。右に左に回っている。床に落ちた片方だけの靴。

ファウラー医師への尋問

さてここは、私立探偵ハリー・エンゼルの仕事ぶりが分かるシークエンスです。女には甘く、男には脅すようにアプローチする。ハードボイルドですなぁ。

この調査と一連の事件がスタートを切るのは、ジョニーの転院記録が、ボールペンで書かれているということにハリーが気付くところから。
「1943年にボールペンで書いたとは変だな」
その年にはまだボールペンがなかったのでしょうか。調べたら、ボールペンが考案・発売されたのは1943年ですが、現在のように実用的なボールペンとなって広まったのは、1951年以降のことらしいです。
ということは。インクだけでなく明らかに筆跡が異なる〈1943年12月に転院〉の文字が書かれたのは、1955年に病院を訪れてジョニーの不在を疑った、サイファーとワインアップではないかということになります。

この時点で誰がいつ書いたかは不明でも、この書類が偽装されたもので、真偽を確認するには主治医であるファウラー医師に接触するしかないようように、ハリーを駒として進めるお膳立てだったと考えられます。
実は私自身、今回記事を書くにあたって数年ぶりに『エンゼル・ハート』を観るまで、このボールペンによるフックを忘れていたのです。そこが筆跡が怪しいと思わなくても、どっちみち主治医であるファウラー医師を訪ねにいくだろうってことで、勝手に脳内補間していたんですね。

がん患者の痛みを緩和させるために、WHOで定められた使用方法にそって投与されるモルヒネは、アヘンに含まれるアルカロイド系の麻薬です。麻薬というと反社会的イメージがありますが、がん患者に対しては、医療用麻薬として、モルヒネの使用が勧められています。使わなかった患者よりも、余命が長くなるそうなのです。
第二次大戦前後、モルヒネは戦闘で負傷した兵士の、痛みを緩和させるために使用されてきました。きちんと管理された状況での使用方法ばかりでなかったことから、中毒者となった人もたくさんいたようです。

最初の暗示

ハリーは雪の積もった歩道を歩く。そこへ「ハリー…、ハリー…」と囁くような声が聞こえてくる。
辺りを見渡すハリーの目は、なぜか潤んでいる。
ふと目を止めた教会の扉。開ききった右側の扉からは、二人の黒人尼僧が並んで座り、膝に置いた書物に目を落としている。手で招き入れるように、左側の扉が風で開閉している。
ハリーは風で開閉している扉から教会に入ってみる。救いを求めるような顔になっている。そんなハリーを幼い尼僧が頭をあげて見つめている。ハリーは尼僧の視線には目もくれず、ただ教会の奥を、まるで遠くを見るように見つめている。
血の付いた手を洗ったような真っ赤な水に満ちた洗面器。その奥にある鉄製アコーデオン式ドアのエレベーターが、誰もいないのに勝手に扉が開く。そうするのを待っていたかのように。
ハリーは目を潤ませたまま、ため息をついて踵を返す。二人の黒人尼僧は再び膝の上の書物に目を落とす。

ハリーの目はなぜ潤んでいる?

映画『エンゼル・ハート』を忘れられないものにしている、暗示的なイメージの挿入。
なぜか、ハリーの目は潤んでいます。ファウラー医師をベッドに寝かせて部屋を出たあと、ハリーに何があったのでしょう。
おいでおいでと招き入れるように、風で開閉する扉。教会の扉を入って、潤んだ目で奥を見つめるハリーに映るアコーデオン式ドアのエレベーター。エレベーターのドアも「待っていた」というように自動で開きます。地獄への誘い。現実なのか幻覚なのか。

これから何度も登場してくる、アコーデオン式ドアのエレベーター。その格子の影が壁や床におとす影がともかく美しいのです。何本もの直線の影を作り出す、猛獣を運搬する時の檻のようなエレベーターですよね。ステージ照明のような作り物めいた幻想感になりがちなところを、絵画的な美しさのある画にするため、ライティングと影が落ちる部分のテクスチャー質感に気を配っているのが分かります。

ダイナーで時間を潰していたハリーは、再びファウラーを訪ねに行く。
まず冷蔵庫からモルヒネ瓶を1つ持ち出し、「先生、いいもの持ってきたぜ」と言いながら寝室のドアの鍵を開ける。部屋の明かりをつけると、そこには右目を銃で撃ち抜かれたファウラーがベッドに横たわっていた。
ファウラーの左目は見開かれたまま。胸には女性の写真が入った写真立てが置かれている。
ハリーは冷静にその姿を見つめる。煙草をくわえ、マッチを死体の靴の底でこすって火をつける。
そしてハリーは、死体の傍らに置いてあった聖書を、ハンカチ越しの手で、ピストルを握りしめた右手の下に動かして、自殺らしく見せようと試みる。その時聖書の表紙が開き、本の中がくりぬかれて、弾が数発隠されていたことが明らかになった。
ハリーは手際よく、ピストルを死体の手から離して指紋を拭き取ってからまた戻す。さらに部屋の中で、手を触れた部分の指紋を、次々と拭き取っていく。
そして照明を落とし部屋を後にする。床には回転する換気扇の影が映り、落ちていた靴はそのままの位置に置かれていた。

死体を前にしたハリーの落ち着いた行動。意外と見るか、私立探偵という職業柄慣れた状況と見るか。それとも自責の念で自殺したものと思いこんだか。
どちらにしても、ハリーにとってはマズイ状況です。直前までファウラーと会っていたし、家宅侵入した時、サイドボードの引出にピストルと聖書があるのを見て触っていたし。殺人の容疑者に仕立てあげられちまうと、手際よく自殺したように見せる展開は、まさにハードボイルドって感じです。
ところで、サイファー医師の殺され方はシンボリックです。右目が撃ち抜かれ、左目は見開かれています。自殺であれば、銃を撃った瞬間に目を見開いていることなんて、できないはずです。
映画の撮影で、役者が銃を撃つ演技をする時でさえ、一瞬目をつぶってしまうのです。
恐怖で目を見開いた状態で、ズドン。それはまるで、ジョニーの行方を目くらまししたことへの、罰のような殺され方でした。

サイファーとゆで卵

あるレストランの入口に立つハリーは、中をのぞき込み、まだ客のいない店内にサイファーの姿を確認した。サイファーは優雅にエスプレッソを飲んでいる。テーブルの皿にはゆで卵が3つ盛られていた。周囲の目を気にしているハリーに対して、サイファーは落ち着き払った態度だ。
ハリーはこれまでの経過を報告する。
「ジョニーが12年前、ハーベスト病院から出た時は、新調の服で、整形した顔は包帯で巻かれていた。ケリーという男と女が一緒でした。そのケリーが医師のファウラーを買収し、ジョニーは入院中だと言わせてきた」
サイファーはエスプレッソ・カップを置くと、卵を1つ手に取りながら「ジョニーは完全に姿を消す工作をした訳だ」
卵を軽く皿の上で叩き、「ナメクジを知ってるか」と唐突に話題をふる。
ハリーは「何のことでしょう?」としか言い返せない。
「通り道に必ず跡を残す」それがサイファーのアドバイスのようだ。サイファーは手のひらで卵を前後に転がし、殻にひびを入れていく。
*指にはめた指輪のペンタグラムがはっきりと見て取れる。
そして気楽そうに「見つかるさ」とハリーを励ます。
「いや、無理ですね。手掛かりを失いました」ハリーは、まわりに聞かれないよう顔をサイファーに近づけて、こそっと口にする。「ファウラー医師が頭をぶち抜かれてね。死んでしまった。」
サイファーは、どんな話が飛び出るのかと真剣に耳を傾けていたが、たいした問題でもないかのように、再び卵の殻をむきはじめる。
そして冷めた目つきでハリーを見てから「君が殺したのか?」
「いや。でも警察はぼくを疑う。探偵料は尋ね人の場合1日125ドルなんですが、今や殺人容疑者だ。降りますよ」ハリーはせっぱ詰まっている。
「それは職業柄、仕方ないことだろう。探偵料なら色をつけるよ」
ハリーはちょっと待てよ、という表情になり「このぼくはね、およそ殺しには縁遠い男だったんです。穏やかな暮らしだった」
サイファーはハリーの言葉に軽く微笑んでさえいる。言葉が切れるのを待って、卵をむく手をいったん止め、「怖いのか」と尋ねる。
ハリーはすぐに返事はせず、口元に右手を持って行き、サイファーを見つめてから、ぽそりと言う。「…怖いんです」
そんなハリーの態度など気にするようでもなく、サイファーは続ける。「すぐ弁護士から5000ドル送らせよう。それでも断るんなら、他を雇うよ」
ハリーは目を閉じて頷いて聞いていたが、急に表情を変える。「5000ドル?」
「その通り」サイファーは長く美しい爪の指で、ゆで卵の表面に残った膜を引きはがしている。
ハリーは「そんなにしてまで」と信じがたいようだったが「言うまでもない」とサイファーの気持ちにぶれはない。
サイファーは右手にむき終わった卵を持ち、ハリーに向かって教師のような口ぶりで言う。
「知ってるか。ある宗教では、卵は魂のシンボルなのだ」
卵に塩をふりかけ、かかりすぎた分を息を吹きかけて飛ばすと、卵の頭をまっすぐ口に持っていって、食らいつく。今まで見せていた優雅な所作とは違う、野蛮な食べ方にぎょっとする。

ゆで卵を喰らうサイファー

周囲に注意を向けているハリーに対し、余裕のよっちゃんで微笑みさえ浮かべているサイファー。私立探偵と依頼人の会合としては、アンバランスな雰囲気に包まれています。私たち観客は、ハリーの視点でストーリーを観ているので、ハリーの言動には納得がいきます。対してサイファーの態度は理解不能。この時点では。

尋ね人の調査として引き受けた案件、殺人の容疑者にされちゃ、たまったもんじゃない。
ハリーは降りるつもりでいたのが、高額のギャラを提示されて、思いとどまることに。額の大きさが、イコールこの案件の容易でない何かを暗示していると気づいていながら。
このシークエンスで有名なのは、なんと言ってもデニーロのゆで卵食らいつきですね。見せつけるように、卵=魂のシンボル=ジョニーが売り渡した魂を食らいつく。
サイファーのゆで卵の殻を割るところからの一連の所作、そして正面からの食らいつき、マネしてみた人は私一人ではないはず!「ルパン3世・カリオストロの城」でのカリオストロ侯爵のゆで卵のいただき方と並ぶ、ゆで卵を優雅に食べる2大シーンとして、私の頭にインプットされています。

サイファーがはめている指輪に刻まれているペンタグラムが、このシークエンスではっきりとアップで見てとれます。2度目以降の鑑賞では、サイファーの態度とゆで卵は、サイファーの手の上で転がされ、ひん剥かれるハリーを意味していることに気づくでしょう。

原点にもどれ

ハリーは、最初にサイファーと面会したハーレムの教会を訪れる。
壁に飛び散った血をブラシでこすって落としていた、全身黒ずくめの女がいた部屋。
今日はドアが閉まっていたが、押してみると、かんたんに中に入ることができた。
花柄のカーテンが窓にはかけられ、壁の血はきれいに拭き取られていた。まるで何事もなかったかのように。
部屋の角には椅子が一脚あり、その上には白い洗面器が乗せられている。ハリーは床の上に落ちていたブラシを洗面器の中に放り込む。

サイファーと面会した部屋で、ワインサップ弁護士が座っていた場所に座り、サイファーが座っていた豪華な椅子を見つめているハリー。
ふと、タペストリーガラスがはめ込まれた扉に目が行き、気になってその観音扉を開いてみる。そこには、炎が灯った蝋燭が何本かと、金属製ネックレスが掛けられた猿のミイラが。
猿のミイラのアップになった瞬間、いきなり黒人ゴスペルの歌声が被さる。

表の通りでは、ブラスバンドを先頭に、御輿の椅子に司祭を載せたパレードが、にぎやかに行われている。
いかにも南部の黒人ゴスペルという感じの歌。司祭は周りの人々に手をかざしている。

ハリーは邪教のシンボルで埋め尽くされた戸棚の中を見つめている。
二つの義眼、ブードゥー人形、リアルなカブトムシの置物、薄い緑色をしたベリドットの長いネックレス、紫色のキャンドル、サイコロ。たくさんの釘が打ち込まれた木製の十字架にサタンを型どった平面の飾り。煤で黒くなった羽の生えた修道僧像は金色の鎖で縛り付けられている。ピンクのハート型をした石を中心に置いた、金属製の花びらを模した台座。
見てはいけないものを見てしまった、という顔になったハリーは、扉を閉める。

邪教のシンボル

1階が黒人教会になっている建物の上には、邪教信仰のための部屋がある。
釘が大量に打ち込まれた十字架から、アンチ・キリストの立場をとる者の祭壇だと分かります。
ブードゥー人形も見られますが、ブードゥー教はアフリカの民間信仰にキリスト教の聖人信仰がミックスされたものなので、アンチ・キリストとは言えません。黒魔術的側面もありますが、メインは呪術療法や先祖信仰で、さまざまな宗教要素を取りこんで成立していった民間信仰です。
ピンクのハート型をした石が、ファンシーな見かけとは違って「心臓」を意味するものだろうことが意味深です。サルのミイラがアップになったところで、パレードのゴスペルが突然カットインされるあたりが、アラン・パーカーらしさ全開の音の使い方です。

サイファーと面会するためここを訪れた時、目に焼きついた、壁に飛び散った血をブラシで洗い落とす、黒づくめの女性がいた部屋の光景。あれは幻覚だったのかと思わせる、きれいに掃除された部屋。ただしあの時たしかに部屋にあった白い洗面器とブラシが、幻覚でない証拠としてわざとらしく置いてあります。黒づくめの人影、白い洗面器は、これ以降たびたびハリーを襲うフラッシュバックに現れてます。

外ではパレードが続いている。御輿の椅子に座る司祭は偉そうな態度だ。

建物の1階にある教会は、暗く静まりかえっている。
席の前から2列目に、全身黒づくめの小柄な人影が一人座っている。
ハリーは、ゆっくりとその人影に近づいていき、肩に手をかけようとした瞬間、いきなり何者かに肩を掴まれ、ボディにパンチを食らって、折り畳み椅子を蹴散らしながら放り出される。
ハリーは倒れた椅子を持って応戦しようとするが、さらにパンチを食らってしまう。応戦をあきらめたハリーは、倒れた椅子に足をとられながら教会から出て行く。後を追う2人の男。
ハリーは教会脇の暗い階段を3階まで駆け上がっていく。細いL字に曲がった廊下を走り抜け、その先にある扉を蹴り開き、階段を駆け下りると、建物の裏口に出た。
廃棄されたままのゴミや壊れかけたフェンスで囲まれた建物の裏庭を、ハリーは必死に逃げていく。職業柄、逃げるのは得意なのか、身軽に柵を跳び越えていく。
横道から、パレードが行われているメインストリートに出た。
パレードに参列する人をかき分けていくと、御輿を担いでいた男たちを押しのけてしまい、御輿は転覆するように崩れ、司祭はだらしなく転げ落ちてしまう。
ハリーはかまわず道を渡り、壊れたフェンスの穴をみつけてくぐり、犬が吠えまくっている庭に入って逃げていく。

全身黒づくめの人影を目にするハリー。あの、壁に血が飛び散った部屋にいた女性かと思って、近づいていくのでしょう。先に書いた通り、何度も登場する不気味な黒づくめの人影。後片付けをする死神のような人影です。
肩に手をかけようとすると襲われるハリーですが、乱闘が行われている中でも、その人影は動かずじっとしているんですよね。人じゃないかも、そう気づかされる展開です。

世俗的な黒人教会の司祭が、ハリーの逃走中に御輿から転げ落ちるのが痛快ですね。人知を越えた神と悪魔の果てしなき戦いの中では、神の名を借りて奢る人間の業など、取るに足らない愚かなものとオチがつけられているようです。

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