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映画『エンゼル・ハート』を読む[7]

2009 年 9 月 12 日 TZK

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『エンゼル・ハート』のストーリーを、字幕と〈画面〉から私が読み取った内容で、追っていきます。このページでは、刑事の2度目の訪問から、仕返しとニワトリ核心を知る紳士が語るジョニーの秘密までを紹介します。
ここから以降はネタバレになります。

刑事の尋問2

ドアを叩く手。
ドアの前では、ふとった白人刑事と相棒の若い刑事が待ちかまえている。
ノックに反応がないので、ふとった刑事はドアのガラス面から中を覗き込むと、ベッドに腰掛けた裸のエピファニーの姿を見る。すると、構わずもう一度ノックをする。
「今行くよ」というハリーの声。
若い刑事はドアに背を向けて、通路の手すりに肘をついて立っていたが、その声に顔だけ振り返る。
ドアが開くと、裸で腰にバスタオルを巻いたハリーが現れる。
しっかりした体格だが、腹回りには脂肪がのって、いかにも中年という裸体だ。
「何だ あんたたちか」部屋にいるエピファニーに配慮して、ドアを閉めるハリー。
「この寝坊はワケありだな」ふとった刑事はいやみっぽく言う。「黒人相手は感心できん。やたら手を出すな」
ハリーはドアの前から、通路の手すりに歩み出て、ふとった刑事と並んで立ち話をする。
さきほどその場所にいた若い刑事は、一歩下がってドア横にもたれかかる。
「ぼくは〈よそ〉者なんだ」
刑事はハリーの手のけがに気づいて、事務的にどうしたかと尋ねたあと、単刀直入に話を切り出す。
「マーガレットという女と何か関係は?」
「ないね。何故?」
「死んだ。ギター弾きの場合はどうでもいい。あれはブードゥー教がらみの事件だ。でもマーガレットは別だ。白人の富豪の娘だからな。」
ハリーから逆に質問をしかける「2人は同じ週に殺されたが、関係は?」
「状況が似ている」
刑事がトゥーツの死因を説明した時の言い方をまねて「彼女も切られた?」
「今度は誰かが心臓をえぐり出したんだ」
2人の後ろにいた若い刑事が、ふと右に視線を向けてから歩き出す。お茶を盆に載せて運んできたおばさんがやってくる。刑事はお茶にミルクを入れる。
「ぼくの仕事は尋ね人で殺人は関係ない」とハリー。
「捜す相手の名前は?」
「それは弁護士に聞けよ」
ふとった刑事の後ろから若い刑事がティーカップを渡す。
「電話したが、口が達者なやつだ。うまく逃げられたよ」
ハリーは肩をすぼめて「君とそこの相棒は、ぼくから何を聞きたいんだ?」
ふとった刑事はいきなりキレ出し、ハリーの肩をつかんで壁に押しつけ、顎をつるし上げる。勢いでティーカップは手すりから落ちてしまう。
「なめるんじゃない!法律すれすれで、うまく立ち回っているつもりだろ!」
ハリーは刑事の手を払いのける。
「殺された女は、星占いや呪文に凝っていた。だからって殺される理由はなかった。」
ハリーは、もっともだという顔で刑事を見る。左手の傷が痛むのか右手で押さえつける。
言うだけ言って気が治まったのか、ふとった刑事は「ジャマしたな。黒人とは手を切るんだ」と言うと帰っていった。

腰タオルのハリー

無粋な刑事に対し、ハリーは部屋にいるエピファニーに配慮して、腰タオル姿のまま部屋の外で応対する紳士さ。
「黒人相手は感心できん」という言葉に表れているように、この時代、白人と黒人とはまったく別の世界に生きていました。だから黒人のトゥーツ殺害は軽く片付けられても、白人で富豪の娘であるマーガレットの殺人は別だ、という話になります。にしてもこの刑事、同じ週に同じような殺され方をしたことで、ハリーを怪しんでいるのはいい鼻してますね。たしかに殺された2人の接点にハリーはいるのだから。
画面の上の人物配置に目を向けると、若い刑事の態度が気になります。何かかかわっている?と思わせるハリーとの距離の取り方をしているのですが、たんに上司に対して出過ぎない態度をしているだけなんですね。

左手を押さえたハリーはドアを開けて部屋に入ると、しばらくドアの窓から外を眺めている。マーガレットのことを考えているのだろうか?
すると、水をすくう音とともに、聞き慣れたマイナー旋律のメロディが耳に入ってくる。
ゆっくり部屋の中に視線を移すと、部屋の奥にバスカーテンが引かれ、その隙間から浴槽に入っているエピファニーの顔が見える。
彼女に近づいていくハリー。カーテンを開き、彼女の顔を見る。
彼女もハリーを見上げる。
「その歌は何?」
エピファニーは前髪をいじりながら言う「ジョニーの歌。ママがいつも歌ってたわ」
不審な顔になるハリー。その歌はハリー自身も口笛で奏でていた。
ハリーの様子が気になったエピファニー「大丈夫?」
ハリーは軽く返事をして彼女に背を向け、洗面台に手をつくと、目の前にある割れた鏡を見て、大きくため息をつく。
鏡の中の自分を見つめるハリー。
ハリーの額にひびの中心があり、そこから大きく亀裂が広がっている。
目には涙を浮かべながらじっと自分の顔を見入って、目を閉じた。

ハリーがジョニー捜しの旅に出たファースト・ステップ、ハーベスト記念病院へ車で向かう途中、口笛で奏でていたこの映画のテーマソングであるマイナー旋律の曲。その曲をなぜエピファニーが?この曲はジョニーが歌ってた?
ジョニーのことを知らなかったハリー。人気のある歌手だったのに。興味がなかっただけなのか、それとも戦地に行く前の記憶に欠落があるのか?
昨夜、首絞めプレイをした後、拳を叩きつけた鏡。放射状のヒビで分割されたハリーの顔は、人格に亀裂が入ったような映像です。

仕返しとニワトリ

町の映画館前、荷台に黒い犬を乗せた赤いトラックが停車している。
傷が痛むのか、右手で包帯を巻いた左手を押さえながら、ハリーが早足に自分の車へ乗り込もうとやってくる。その時、停車している赤いトラックに気がつく。
ハリーは早足でトラックに近づいていくと、運転席の窓から顔を出していた男に、いきなり頭突きを喰らわせる。
間髪を入れず強引にドアを開き、今度は勢いよく閉めて、男の頭を打ちつけた。助手席にいたもう一人の男が、ビビって逃げ出したのを、ハリーは走って追いかけていく。
額から血を流してぐったりしていた運転席の男は、気がついてハンドルを握り、トラックを発車。
男を追ってきたハリーは、馬舎の中に入ってくる。が、馬に隠れて男の姿は見えない。
その間に男は銃に弾を装填、積まれた干し草の上から身を出してハリーを狙い撃つ。
ハリーは柱や馬の影に身を隠して、弾を避けていく。
そこへ赤いトラックが、馬舎の中まで乗り着けてきた。
さっき頭突きされた男がライフルを持ち出して撃つ。馬を楯にして隠れていたハリーだが、その馬が倒れてきて下敷きになってしまった。
トラックから例のドーベルマンが放たれた。
ハリーは馬の下敷きになった足を動かせない。
銃声に驚いて馬たちが暴れだし、ハリーに向かって駆けてくる犬を脚で蹴った。犬は跳ね飛ばれてしまう。
その隙に体を起き上がらせたハリーは、柵を越え、身近な扉に駆け寄って開け放つ。皮肉にも、そこはハリーが苦手なニワトリが飼われている小屋だった。その光景に一瞬身構えてしまうハリー。「畜生!」と悪態をつくと、奥にある扉まで一気にかけ出し、脱出に成功。

このシークエンス、本編のカットが必要になったら、まっさきに切られるだろう地味な展開なのですが、ハードボイルドでなくてはならないアクションシーンなんですよね。放たれたドーベルマンが馬に蹴られる部分、画面が暗くてカットも早く、何が起きているのか分かりにくいのも難点です。
馬舎を抜けたらハリーが苦手なニワトリ小屋だった、というギャグで締めているからよしとしましょう(偉そうな言い方)

核心を知る紳士

なにかのイベントなのか、カウボーイハットをかぶった男たちやその女房たちが集まっている。みんなが見ている前で、ニワトリの皮をむく実演が行われてたり、ニワトリ同士を闘わせ賭をして楽しんでいる。
木製の柵で長い直線コースが作られている場所に人が集まっている。柵の間を馬が走って競うのを見物しにきているようだ。
ハリーは、案内係らしき男が指さした方へ歩いていく。ラフな格好でのどかに会話を楽しんでいた人たちの中、1人だけ白いスーツを着た紳士が孤立して立っている。ハリーはまっすぐその紳士に向かって歩いていき、隣に立つ。直線コースのはるか遠くから馬が走り出す。柵を囲む人々はみな馬が走ってくる方を見つめるが、紳士は正面を向き、隣のハリーは紳士を見つめる。
「ご用は何かな?」
「ご存じかと思った。ここ数日あなたの手下に追い回されたのでね。ジョニーを捜してる」
「あの野郎はもう死んだはずだ」
「お嬢さんを殺した犯人かもしれない」
「誰に雇われた?」
ハリーはサングラスをはずして馬が走ってくる方を見る。「言えない」
「金を出す」
ハリーは紳士に向き直って「断ります」ときっぱり。
「12年前、あなた方父娘が、病院からジョニーをさらった。ヤク中の医師に口止め料を2万5000も払って、秘密は守られた」
2人の前を競走馬が走り去っていく。
砂煙が立ち、ハリーはサングラスをかけ直す。「ケリーと名乗ったでしょ?」
紳士はハリーへ初めて顔を向ける。
「向こうへ行ってオクラでも試食しませんか?」
ハリーは乗り気なく答える。「胃酸が多いんですよ。ここの料理もひどいし」

競馬のコース

長回し(47秒間固定カメラの1カット)が印象に残るシークエンス。(*1)
長い直線コースを遙か遠くから走ってくる競走馬。柵に持たれて会話するハリーと白いスーツの紳士。ハリーが「秘密は守られた」と言い切ったところで、2人の前を馬が駆け抜ける。このタイミング、何回くらいリハーサルと本番テイクを重ねてOKが出たのだろう、と思いを巡らせてしまいます。陽が傾きかけてる光の具合ですから…。
ところで映画のラストシーンでは、人物が画面の奥に遠のいていくパターンが多いのですよね。これは観客と共有してきた物語から、登場人物が観客を置いて物語の中の未来へ向かっていくことを意味していることが多いです。ではここでの長回しカットのように、遙か彼方からこちらに駆けてくる馬を、登場人物を脇に置いてひたすら見せているのは、どういう効果を狙っているのでしょうか。直線コース=タイムライン、馬=時間だとみると、過去のある事実が、ものすごい勢いで現在に向かって迫ってきている状態だと思います。馬が手前に走ってくるまでの間、2人の会話が核心にどこまで迫れるのか、視点を人物とタイムラインの2つに分けて観る感覚は、ネットで動画を見るとき、タイムラインバーで全体のどのあたりを今見ているかを認識する感覚に近いと思います。

*1)もう一つある長回しカットは、ハリーがファウラー医師を訪れたあと、ダイナーで時間を潰しているカット(48秒)

ぐつぐつと煮え立つ大きな釜。紳士は煮え具合を見ながら「胃が良くないとは残念ですな」と言って、次の間へ入っていく。
後についていくハリーは、バケツに入ったカニの脚をつまんでぶらぶらさせてから、煮え立つ釜に放り込む。

紳士が座ったテーブルに、透明な酒とグラスが2つ運ばれてくる。
ハリーは扉を閉めて片手で鍵をしめる。
紳士はグラスに酒を注ぎながら、いきなり告白をはじめる。「ケリーと名乗って、医師に2万5000払った」
ハリーは立ったまま、氷の塊が置かれている台へ近づき、そこに置いてあったアイスピックを手に取ると、紳士に問いかける。「その時ジョニーは?」
「夢遊病者のように外を見つめていた」紳士は酒を注いだグラスを、ハリーのために自分から少し離れたところに置く。
ハリーは氷にアイスピックをぐさりと刺し「どこへ?」
紳士は酒を一口飲んでから「タイムズ・スクエアに1943年だ」
ハリーはアイスピックで氷を突き刺しつづけながら、紳士の話を聞いている。
「暮れの雑踏に彼を置き去りにして終わりだよ」
「2万5000も払って連れだし、置き去りにした?」思わず聞き返す。
紳士はハリーの方へ向き、「娘のためにやった。ジョニーと娘は何かの魔術に夢中だった」
ハリーはアイスピックを小刻みに氷を突き刺しながら言う。「手のミイラも見ましたよ」
「〈栄光の手〉だよ。どんなカギも開けられる。絞首刑の囚人の右手を切ったそうだ。娘の話ではね」
ハリーはアイスピックで、氷の欠片を削り飛ばす。
「黒魔術は?」ハリーが尋ねる。
「娘のマーガレットはいつも」
ハリーは氷をアイスピックで強く突き刺し、「魔女だ」
紳士はハリーに向かって反論する。「それは言い過ぎだ。無責任なことは言うな。娘は確かに子供のころから変わっていたが。タロットカードで遊んだり…」
「誰の影響で?」
「メイドか家庭教師か…」
「いい加減におとぼけはやめたらどうだ!」どんっとアイスピックを紳士の前のテーブルに突き刺すハリー。「あんたがやらせた!」
ハリーを見上げる紳士の胸をどついて、「この悪魔の崇拝者め!」
紳士の目つきが、突然、尊いものを讃えるように変わる。「だが魔王の力は強大だ」
「たわごとだ!」ハリーは氷の塊を掴む、はさみのような金属の器具を乱暴に手に取ると、紳士の顔に向かって威嚇するように開閉させ、首をその器具で挟み込む。「何もかも吐き出さないと、命はないと思え」
「私がジョニーを娘に紹介したんだ。彼は呪文で悪魔を呼び出す。大したものだよ。自分の魂を魔王に売り渡した」
ハリーは持っていた器具を力任せに部屋の奥へ放りなげて怒る。「それを信じろと?」
ハリーは当たり散らすように氷をハンマーで砕き出す。「汚ねえウソばかり並べやがって、畜生!」
紳士の顔にも氷の塊が飛んでくる。声を張り上げて「スターになるため…」
ハリーも負けずに声を張り上げ、「だから魂を売ったと?」
「魔王はすばらしい力をお持ちなのだ。でもジョニーは裏切ったのだ。スターになって、魔王から逃げようとした」
ハリーは氷の塊から離れ、紳士の正面に立ち、泣きそうな顔でどなりながら「たわごとはよせ!」
紳士はだんだんと高揚したように早口になっていく。「彼は古文書で儀式を見つけた。同い年の〈いけにえ〉が要る」
ハリーは息を荒げ、目に不安をたたえながら「なぜ?」
「魂を盗むためだ。そこで若い兵隊を選んだ」
ハリーは泣きそうな顔で何か言い返そうとする。
──若い兵隊と女が楽しそうに騒ぎ合っているフラッシュバック。
「誰だ」ハリーは問いかける。
紳士はハリーの問いかけを無視して話を続ける。「雑踏のタイムズ・スクエアでね」
──ある兵隊の背中に近づいていくフラッシュバック。
ハリーは半泣きの声で「兵隊って?」
「ホテルで、、儀式が行われた」
──アパートの外壁。1つだけオレンジの明かりが灯った窓へカメラが寄っていく。
「何の儀式だ?」
「兵隊は裸で縛られ、ラテン語の複雑な呪文が唱えられ、胸に星形の烙印を押す」
ハリーの目は真っ赤になり、意識朦朧となったようにふらつく。
「ジョニーは短剣で、兵隊を切り裂き心臓を食った」
──テーブルの上に血まみれのシーツがかけられ、火のついた蝋燭が何本もついている。壁は飛び散った血で汚れている。そして回転する換気扇。
ハリーはその場から逃れるように部屋のドアへ向かう。
紳士はそのまま言葉を続ける。「まだピクピク動いている心臓をね。」
ハリーは勢いよくドアを開くと、便器に顔を突っ込む。
「彼はその兵隊に乗り移る気だったが、その前に招集されてね。負傷し記憶喪失で帰国したんだ」
便器に顔を突っ込んだまま鳴き叫ぶハリー「いけにえの兵隊は誰だ?」
「彼はその兵隊の認識票を私の娘に預けた。タイムズ・スクエアこそが、彼の記憶の最後の場所だよ」
ハリーは便器から顔をあげ、起き上がると、隣の洗面台に向かって、鏡に映った自分の顔を見る。
紳士の声がこだまする〈同い年のいけにえがいる〉
──ある兵隊の背中に近づいていく。肩に手をかけようとするフラッシュバック。
鏡の中の自分を見つめるハリー。
──兵隊の肩に手をかけると、兵隊はこちらへ振り向く。顔が見える直前でカットがかわる。
紳士の声がこだまする〈魂を盗むためだ〉
──最初の面会で、握手しようとした時のサイファー。
──らせん状の階段を洗面器を持って上がってくる黒ずくめの人影。
紳士の声がこだまする〈そこで兵隊を切り裂き、心臓を食った〉
──黒いブーツを履いた女性の足元。
──壁に飛び散る血。
──黒いブーツを履いた女性は脚を揃えて座り、膝には洗面器を置いている。その前を急ぎ足の男女の足が通り過ぎる。
鏡の中の自分を見つめ、声が裏返るほどの泣き声で叫ぶハリー。
「その兵隊は誰なんだー?」
──振り向こうとする兵隊の顔。
──らせん階段を下っていく、スーツの男と黒いドレスの女、そして帽子をかぶった老人らしい人物。
紳士の声がこだまする〈彼はその兵隊の身分を頂き、〉
──火のついた蝋燭が何本もついている。壁に飛び散った血を洗い落としている黒ずくめの人影。そして回転する換気扇。
紳士の声がこだまする〈魂も盗んだが、昔の面影はある〉
その紳士の顔が急に恐れおののくものになる。

鏡の中の自分の顔を見ていたハリーが叫びだす。
「あああああああああああああああ!」
部屋のドアが勢いよく閉まる。

ハリーは焦ったようにドアに駆け寄って、開こうとするが開かない。
すぐさま別のドアを探し、少し開いた状態になっていたドアを開くと…、
煮えたぎる釜に紳士が頭から突っ込まれている。
「何てこった!」
ハリーは急いで紳士を引き上げるのが、顔はやけどで真っ赤にただれ、すでに息をしていない。
どうしようもないので、紳士の顔を釜の中に突っ込むと、走ってその場から逃げ出す。
小屋の正面ドアから駆け出て、勢いでテーブルセットをひっくり返すと、そのままここに来た方向を逆に走っていく。泥に足を取られることなど気に掛けずに。

ジョニーの消息を聞き出すために訪れた人物は、ハリーがその場で見たり触れたりした凶器によって、殺されています。
白いスーツを着た白人紳士、マーガレットの父親イーサン・クルーズマークがジョニーについて語るのを、ハリーは氷の塊にアイスピックを突き刺しながら聞いています。苛立ち、怒りを、氷に当たっているかのように。点が線で結ばれていく謎解きが始まろうとしているのに、ハリーが怒りに任せアイスピックで彼を刺しちゃうんじゃないか、とハラハラさせるいじわるな展開です。

ハリーがマーガレットの部屋にやってきた時、写真立てにあった父親の顔を見て〈昔の海賊映画で見たような顔〉と言っていましたが、正直この映画の中では印象に残らない顔つきの紳士です。それが「だが魔王の力は強大だ」と口にした時の、歓びを讃えた目つきになるギャップが恐ろしいと思いました。
そもそもの始まりは、この印象が薄い紳士だったのです。マーガレットがお呪いに凝り、悪魔崇拝者になったのも、ジョニーと娘を引き合わせたのも、そして娘のためにジョニーの魂を魔王から隠し、負傷し記憶喪失で戻ってきたジョニーをニューヨークの雑踏に放したのも。一体お前は何者なのだ?

ジョニーが泣き叫びながら「いけにえの兵隊は誰だ?」と問いかけるのが痛ましいです。彼は、分かっているのです。でもそんなこと、信じられない、信じたくないんです。自分が自分でないことなんて。
鏡の中の自分の顔を見て絶叫するハリー。彼は、いい奴だったのに。そんな悪魔とか儀式とかとは無縁な男だったのに。
でもハリーの中にはジョニーがいる。いや、元ジョニーの体に、ハリーの人格を隠れ蓑にしてジョニーの意識が潜んでいる。「彼はその兵隊に乗り移る気だったが、その前に招集されてね。負傷し記憶喪失で帰国したんだ」と紳士は言っていますが、ジョニーの思惑通り、ハリーの魂を盗んで乗り移る計画は成功したことになります。あの儀式のことさえ掘り起こさなければ、ハリーとして一生を送ることができたはずなのです。
でもハリーの人格がジョニーの存在を認めたくありません。記憶喪失になったことで、ハリーとジョニーの人格が闘い、ハリーの人格が勝って今があるのです。自分が何者かを確かめなくては。ハリーはマーガレットの部屋へ向かいます。
案の定、紳士は殺されてしまったけれど。顔がやけどで真っ赤にただれているのは、負傷したジョニーに整形手術を施し顔を変えたことへの罰かもしれません。

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